1st Phase - Australia 05

モネの様な夕日

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パース出発!先ずはハットリバー公国へ

 

 ここからはKちゃんと2人旅が始まった。Kちゃんの強い要望でこの国へ行くことになったのだが、何だか謎なこの国は、なんと独立国で国のお金もあるらしい!っと地球の歩き方に書いてあった。実際は公国だったのだが、かなり道に迷いながらやっとこさっとことで到着。広大な畑の中にポツンと家が建っている。独立国という感じではなく、田舎にある普通の農家だ。もう全然、国とかそういう風には見えないのだが、僕の生まれる頃に小麦の問題で国から独立を宣言したそうだ。

 

ハットリバー公国

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 入国すると先ず、入り口に王様の上半身の不気味なオブジェがある。ゲートも人も無くてすんなり入国出来るのはとても良い事だ!お家へ勝手にお邪魔すると、やはり誰もいない。「んんん~何じゃここは?不思議過ぎて素晴らしい!」暫くすると、お爺ちゃんがノソノソと現れた。誰だろ?と思ったそのおじいちゃんこそが国王様だった!本に載っている写真が若すぎて全く分からなかったのだ(笑)スゴイ気さくなイイ人で、自国通貨を見せてくれたり、あまり分からなかったが色々なお話を聞かせてくれた。そして、お金を払えばこの国の市民権も獲得できるらしい。取りあえず記念撮影をして、この国の繁栄を祈りつつこの国を出国することにした。

 この国のウェブサイト - http://www.principality-hutt-river.org/

 

ハットリバー

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ピナクルズ

 

 ここは、パースの北約250キロの位置にあり、広大な砂漠の中に墓標の様に立ち並ぶ岩の様なオブジェ達を見ることが出来ます。この何とも不思議な光景は、大昔海底だったところに貝が積もり、そこに生えた木が風化して化石化したものと言われてます。砂漠に疎らにそびえ立つ化石群は、とてもシュールで地球にいることを忘れさせてくれます。そして「この地球に山や森は存在しない」と言うキテレツな説も思い出させてもくれます。ココへは夜に着いてしまったので、この光景は朝方拝むことが出来ました。うっかり国立公園内でキャンプをしてしまった事は内緒です。

 

ピナクルズ

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 ここの帰り道、ちょっと気になる近くのグレイと言う砂漠ルートがありました。風景も良さそうだしチャレンジしてみたのですが、これが思わぬ結果になってしまいました。もう少しで海が見えるサクサクの砂の道だったのですが、道幅が狭くて上り下りが激しく、うっかり停車してしまったのが運の尽き。タイヤは砂に囚われズンズン埋まって行ってしまいました。下が砂の為ジャッキは入らず、気温はどんどん上昇するばかり、見渡しても人も車も通らない荒野の風景。車を脱出させようと頑張れば頑張るほど喉も乾き疲れてしまい、「あ~ヤバイ!非常にヤバイ!このまま誰にも発見されずに干からびて終わってしまうのかな~」などと言う弱気な事を考えてしまうほど絶望的でした。

 しかし数時間後。正面から救世主の様な車が現れたのです。僕の車は道のど真ん中でスタックしているのでその車も通れない。その車が近くまで来て、中から人が降りてきて発した第一声が、「ファックユー!」でした。まあ確かにその通りなんですが、何とかこの方に助けて頂き一命をとりとめました。最後に僕が「ありがとう!」と言ったのですが、彼は無言で立ち去りました。チャレンジも良いけど程々にしておかないと!と肝に銘じた出来事でした。そして、直ぐに近くのビーチに行ったのですが、誰もいないビーチは超絶綺麗で大絶叫!時間を忘れてしまうような錯覚に陥りそうでした。

 

ピナクルズ近郊

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 ここから舗装道路に出て、さらに北上していくとジェラルトンと言う港湾都市がありました。パースから軽く420キロです。特にココで何かしたわけではないのですが、ボケ~っと海を見ていると、野生のイルカが泳いでました。夕暮れ時の海に静かに泳いでいるイルカ達の姿は、心休まる精神安定剤のような景色でした。この先のモンキーマイアに着くまでに、イルカと出会えるとはラッキーでした!さて、まだまだ北上して行きます!

 

 

世界遺産シャークベイ!

 

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ストロマトライト

 

 ジェラルトンからサクッと400キロほど北上すると、世界遺産シャークベイの入り口に到達します。そこで出会う事の出来るのが、地球の酸素を作り出したシアノバクテリアと言う藻の仲間「ストロマトライト!」です。何のこっちゃ?という感じなのですが凄い偉いお方なのです。今から30億年ほど前から存在していて、今日まで地道に酸素を作り出しており、地球上のあらゆる生物達に供給している。らしい……。最初は何だかよく分からない黒い物体? って感じで全然興味がわかなかったけど、折角だし行ってみるかー! って事で見学しに行ってみたのでした。

 

ストロマトライトへの道中

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 説明はもちろん全て英語だったのでチョットしか分からなかったけど、取りあえず海岸へ向けて歩いて行った。ちょうど干満帯の辺りに、黒いモコモコした物体が沢山あったが、見た目は黒い岩があるだけのように見えた。しかし実際は岩とは全く違っていた。太古の昔から生きている貴重な存在にも関わらず、上を歩いても良いらしい。なんか扱いが微妙に分からないがとにかく上を歩いてみた。驚くことに、岩の感触ではなく、何というか、引いたばかりのアスファルトのような感触だった。ムニュンムニュンって感じだ。「おー! これが酸素を作った最初の発明者か!」 って感じは全然なくて、スゴイ思いっきり地味だった。

ストロマトライト

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ストロマトライトの詳細はこちらが分かりやすいです。http://www.geolab.jp/science/2005/06/science-025.php

 

 と言うように、当時はあまり感動してなかったのを覚えている。しかし、それから数年後。海の仕事をするようになり、海の勉強をするようになり、この偉大なお方の存在を否が応でも知ることになってしまった。あああ~あの時もっと見とけば良かったー! っという後悔の思いは毎年増幅するばかりである。やっぱり、本当にスゴイ物や人は、一見しただけでは分かりませぬな。世界はその様になっているのだな、と言うことを唯一学べたのかもしれない。

 

 

モンキーマイア

 

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 ムニュンムニュンの偉いお方の場所からすぐに、野生のバンドウイルカと触れ合う事の出来るモンキーマイアがあります。世界遺産になってから3年目に行ったので厳しくなったのかもしれませんが、「子供は触れるが大人はダメ」と言うルールでした。まあ触る気は無かったので別にいいんですけどね~。僕の生まれる前からイルカ達はこの湾に姿を現していたという事ですが、その昔あまり人がいないこの場所だったら、何だか気持ちは分かるような気がします。でも、既に観光名所となっているこの場所に、現在でも姿を見せているのは不思議でしょうがありません。

 

モンキーマイア

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シェルズビーチ

 

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 メインロードから外れて北西へ進むと、旅仲間では有名なシェルズビーチがある。海と浜以外何も無い場所なのだが、よ~く見ると砂浜ではなく全て貝殻で出来ているのだ。広大なビーチなのだが全て貝殻。青い海に真っ白なビーチ、あまりの素晴らしい景色に声も出ない。っが、次の瞬間絶叫で海まで駆け寄る。以前書いたが、すごい景色の時には走るのだ! ビーチの貝殻は一体幾つあるのか? 宇宙にある星の数ほどあるのではないかと思うぐらいだ。きっと宇宙にある星はもっとあるのだろうけど。水際を見てから浅瀬をよく見ると、水底には文字が沢山浮かび上がっていた。水の中に文字? ハテ? と思ったが、こういう仕掛けだった。水底は白いキャンバスなので、もっと白い又は黒い貝殻を集めて色々な文字を作っているのだ。

 

 いつまでも遠浅の透明度の良い海で、おそらく潮流も無いので貝で文字が書けるのだろう。英語ばかりが目についたので、早速もっと白っぽい貝を集めて水底に文字を作ってみた。よく観光地にある落書きと感覚は一緒だが、建築物などに傷を付ける訳ではないのでまあ良いだろう。周りには人は一切いない。Kちゃんと二人っきりの世界だ。ここで一日中本を読むのも良いかもしれない。いや、何も考えずボケ~っとするのも魅力的だ。だが、まだ隠居生活の老人では無いので、沖合に向けてガツガツ歩き出した。海に入って400メートルほど沖合に行ってもまだ深さは腰の辺りだ。超遠浅だった。魚などは全く見かけず、1匹の大きなクラゲが漂っていただけであった。海の中から見るシェルズビーチもとても気持ちの良いものだった。超現実的な世界がここにもあった。豪州恐るべしだ。


 パースから北上したらとにかく暑い暑い。車にはエアコンなのどと言う近代兵器は付いていないので、カッコ良く言えばナチュラルエアーだ! しかし、正直言って熱風だ!息を吸うのも辛くなるぐらい蒸し風呂状態だ。そこで登場したのが、アイロンがけのお供「霧吹きさん」。もちろん、旅をしていてアイロンがけする事はなく、暑い時に自分に吹きかける為に用意をした。これがかなり使えるグッズだったのだ。暑くなったら顔に「シュッシュッ」と吹きかけると、途端に涼やかになるのだ。しかし直ぐに乾燥してしまうのだが、何もしないで我慢しているより、断然快適レベルが高い。

 

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カメの産卵

 

 正確な場所は覚えてないのですが、夜、誰もいない海でかなりの時間粘って粘って待っていた。かなり根気よく待っていた結果、とうとう念願のカメさんが海からえっちらおっちらと砂浜を歩いてやって来ました!「おおお~来た来た!さあ!産卵だー!」早速その場所へ近寄って行ったのでしたが、なんとー!カメさんは産卵しないでそのまま海に帰ってしまったのでした。「えええ~何で~?」きっと何かあったに違いないと思ったのですが、後から近くの看板を発見して分かりました。「完全に産卵が始まってからでないと決して近寄ってはダメ」と言う事だったらしい。カメさん、本当にごめんなさい。m(__)m 海より深い反省をしたのでした。

 


エクスマウス

 

 メインロードから少し外れて行くエクスマウスなのだが、ここに行く途中に有名なショートカットがある。名前はカンナミユキロード。もちろん正式な名前では無い。その昔、ワーキングホリデーで来ていたカンナミユキさんという人がいたらしい。何でこの道に彼女の名前が付いたのかは摩訶不思議である。どんな道か非常に気になったので、早速この道を使用してエクスマウスに行くことにした。メインロードはもちろん舗装道路なのだが、カンナミユキロードはサラサラふさふさの赤土で、停車したら絶対にスタッグしてしまう様な道だった。僕の車はこの時にかなり不調で、ラジエーターの水が何故だか蒸発して空っぽになってしまい、水温計がグングン上がる症状に悩まされていた。空になったら常備している水を足せば良いのだが、当たり前の事だがその際には必ず車を止めなければならない。でも停車する訳にはいかないのだ。スタッグしそうだから!と心配しながらひたすら赤土で景色の変わらない道を走り続けていた。

カンナミユキロード

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 かなり細かい赤土なので、窓を閉めていても赤い砂は車内に侵入してきてしまう。道の表面は、コルゲーションと言って、洗濯板の様な形状なので、ガタガタ、ガタガタという様に車が振動する。この道の走り方は、ガタガタするからと言ってスピードを緩めてはいけないのだ。スピードを緩めてもダメ、停車してもダメ。水温計を上昇させてもダメ。という様に、ダメダメ三連発なのだ。一体いつまでこの道は続いているのだろうか? 早くしないと、ちょっとのミスで車はスタッグする事はもちろん、車自体も二度と動かなくなってしまう。非常に危険でヤバイのだ。尚且つ、こんな道の途中で停まってしまったら、外気温は50度近く、通る車もまず期待出来ない。よって、死に近づいてしまうということだ。しかし、こういう時に限って天は僕を遠ざけるのであった。何とラジエーターがレッドゾーンに突入しようとしていたのだ。冷却水ピンチ! すぐにスピードを落としてヒートしない様にするのだが、何事にも限界はあるものだ。

 まあ、なる様にしかならないので、あまり深く考えない様にしてみた。すると、天は僕らを見放してなかった様で、遠くの方に終点らしき景色が視界に入ってきた。かなりのドキドキ感を味わったが、運が良かったせいか無事に舗装道路へ出る事が出来た。すぐさま水補給をしてエクスマウスへ向かった。エクスマウスに着くと、田舎の海に来た雰囲気を漂わせていた。数件のダイブショップが佇み、長閑で気持ち良い場所なのだが、もっと長閑な所から来てしまったせいか、こんな田舎でも賑やかに感じてしまった。ダイバーには、「ニンガロウリーフ」と言う、ジンベイザメと遭遇する確率の高いダイブサイトがあるらしいのだが、僕らはダイビングする気は全くなかったので、サラッっと町並みを眺めて次の目的地まで車を走らせる事にしてみた。

 

 

ポートヘッドランド

 

 オーストラリア北側は本当に暑い暑い!ここのガソリンスタンドで補給した飲み水はなんと微塩水!塩分補給の為にわざとしてるのか?自然とこういうものなのか?未だに不明だ。よけい喉が乾く感じがした。そして、ちょっと下品な話ですが、お風呂も入らず車生活をしていたので、髪の毛を洗うのは公衆トイレの洗面所。身体はもちろん洗って無い為、挙げ句の果てに1週間履き続けていた下着は、裏返し戦法をしたにもかかわらず、ゾンビの様なボロボロの別次元物体に変わり果てていた。この様な状態ではリカバリー不可能なので、思いっきりゴミ箱に投げ捨てたのだった。

 

道中の景色

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ニューマン

 

 おそらく今回のオーストラリア一周の旅で一番気温が高かった場所です。サングラスを車のダッシュボードの上に置いて走っていると、突然「バキッ」っという音と共にレンズが割れた。ラジオから流れてくる情報では気温は50度と言うことだ。もうここまでくると暑いというか痛い!あまりの暑さに、この辺ではおそらく貴重なスーパーに行き少し休憩。この機会にガソリン補給をしておこうと思い、いつも常備している予備タンクの蓋を開けたと途端、ガソリンが「ドバー!」噴火した様に空高くまで吹っ飛んだ。暑さのせいと自分の蓋の開け方のせいだった。

 

道中の景色

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ブルーム

 

 この頃、逆周りで出会った旅人達から必ず言われたのは、「ブルームはイイぞ」というセリフだった。「何がイイの?」と聞くと、「とにかくイイ感じなんだ、行けば分かる」だった。ケアンズに居た頃も、西オーストラリアでは必ず立ち寄れと言われた場所だったので、これはもう行くしかなかった。と言うかどうぜ通り道だし行ってみた。ここのケーブルビーチは長さ約22キロの綺麗な砂浜で、海はコバルトブルー!もう南国感が素晴らしい!海底ケーブルからその名前が付いたらしいが、そんな事はどうでも良い。とにかく綺麗だ!そして、ガンシュームポイントとローバックベイの、深いブルーの海と赤土の岩のコントラストが衝撃的だった。恐竜の足跡の化石もちゃんと確認しました。その後、ブルームの日本人墓地に行ってみた。

 

ブルーム

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 1880年代頃から、真珠養殖の為に移民していた日本人潜水夫は2000人程いたそうです。彼らの技術は高く評価されていたらしく、ブルームでの真珠産業に彼らの存在は欠かせなかったそうです。和歌山県太地町出身の人達が多かったらしく、ブルームの姉妹都市でもあります。しかし、潜水病や事故などで亡くなられた方が多かったらしく、その数およそ900名以上、凄まじい数です。太平洋戦争が始まると、日本人移民は収容所に送られたり、ブルームの町も日本の攻撃を受けたりして、もの凄く複雑な場所になってしまったみたいです。

 

ブルームの日本人墓地

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​ その後、この墓地は管理者が居なくなり荒れ果てていたところに、日本船舶復興協会の笹川会長の寄付金などがあり復活したそうです。ここに来る前に、飲み屋さんでオージーのお爺ちゃんに戦争の事で怒られたのだが、その時には、昔ココに日本人住んで居た事、そしてここまで来て戦った事など全く知りませんでした。和歌山のクジラ捕りとブルームの真珠採りの関係。とても興味深い話です。

 

 夕方、反対側のビーチではブルーム名物「月の階段」が見れたらしいのだが、目の前のケーブルビーチの夕日が見事すぎて立ち上がる事が出来なかった。するとビーチの方からカップルの影がこちらに近寄って来た!僕らの方から見ると、彼らは夕日を背にしていたので、真っ黒で誰だか分からなかった。暫く凝視していると、疑問形で僕の名前を言われた。なんと!ケアンズでの友人K君とYちゃんだった!ブルームの浜辺で偶然の再会をしてしまったのだ!いやーこれはかなりレアな再会の仕方だな~。ブルームの真紅の夕日の中で、お互い感動をしながら再会を喜び合った。月より友を取った感じだった。

 

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フィッツロイクロッシング周辺

 

 ちょっとメインの道を外れてダート道を夜中走っていると、ちょっと不思議な感覚なんです。ジャンコクトーの映画「オルフェ」の中で、屋敷まで行くシーンの様な感覚なんです。分かりづらいですね。ちょっとシュールな感じと言う事です。そんな中、一定の間隔で車の下を横切っていく小さい何か?が、ずっと目に入ってきます。最初は良く分からなかったんですが、兎に角、絶妙なタイミングで車の下をスルーしていくんです。んんん~何じゃろ?何回も目を凝らしてみると、何と!それはウサギでした!1回も車で引くことなく幻想的な雰囲気を味わえました。いや、1回だけ引いてしまったかも知れません。ですが、彼らを避ける事は出来なかったのです。もしそうだったら許してね。

 

道中の景色

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​ これは日中の話ですが、オーストラリアを運転していると奇妙な光景に遭遇します。先ずはロードトレインと言う大蛇の様なトラック!長いものは数十メートルで追い越しするのがめっちゃ大変なんです。対面からすれ違う時など風圧がハンパない!日本なら絶対に曲がることが出来ないだろうな~と思います。大陸ならではの運搬方法です!

 

これは普通のトラック

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 そして、次がもっとスゴイ!絶対に日本ではありえない事で、僕は2回ほど見たことがあります。西側の道路はコスト削減のせいか、広大過ぎて作るのが面倒なのか、半分しかシールド(舗装)されていないのです。要は常に車一台分しか舗装道は走れないのですが、そんな中、正面から一台大きな看板を掲げた車が走って来ました。英語がズラズラ書いているので最初分かりませんでしたが、その車が通り過ぎてからおよそ20分後、何やら大きな物体が正面からやって来るのです。だんだん近くなってくると全貌が明らかになるのですが、驚くことに家が丸ごと向かって来るんです。新手の引越しという事なのだろうか? 道路いっぱいに家が動いているので、すれ違う際にはこちらが舗装から外れて走るしかなく、ガタガタゴトゴト運転しながら家を通り過ぎるのを待つんです。もうねー、何とも突っ込みどこ満載の方法なんです。家は現地に置いていってくれ~!(笑)

 

半分しか舗装されてない

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バングルバングル


 ここまでくるとパースから既に2300キロも離れてます。以前から行きたい行きたいと思っていた場所で、地球上の場所とは思えない摩訶不思議な地形。世界遺産パヌルル国立公園にある奇岩群バングルバングルです!名前もカワイイ!アボリジニが2万年前から足を踏み入れていた聖地らしいですが、もうここは地球じゃない!って感じの風景です。

 本当は車で行こうかと思ったのですが、この時には雨季で内陸の運転は難しそうだったので、カナナラと言う場所に行ってそこからセスナに乗って優雅にに空から風景を楽しむ事にしました。初の4人乗りセスナで観光です。パイロット2名、乗客はたったの2名様まで。偶然一緒に乗ったのは日本人の女の子でした。こんな場所で日本人と会うのはビックリでしたが、この時の僕は日本人女性よりも奇岩でした!2時間ぐらい乗っていた気がしますが、現地に着くまでの景色もまさに絶景!雨季の為か辺り一面洪水の様に水の世界でした。奇しくもこの日は3月11日、18年後は東北大震災の日です。

 

バングルバングル

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 バングルバングルは、約3億5000万年前、山から流れる川の下流に砂がたまり、年月とともに隆起し、2000万年にもおよぶ風雨の浸食によって生み出されたらしいのですが、数字の桁がデカすぎて全くピンときませんね。この頃は大規模な氷河時代みたいなので、今とは全く違う景色だったのでしょう。この1000万年前に両生類が初めて上陸したぐらいの年代みたいです。形は滑らかなドーム状のミルフィーユがたくさん並んでいる感じで、食器洗うスポンジのデコボコ部分みたいな巨大な岩達です。ウォーキングで近くに行けばアボリジニの壁画などあるらしいです。太古の昔、彼らがこの場所を聖地にしたのは全くもって頷けます。

 

 

ダーウィン

 

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 ダーウィンで一番有名なのは?おそらくカカドゥ国立公園ではないかと思います。この国立公園は日本の四国くらいの大きさらしく、沢山の先住民族アボリジニの壁画を見ることが出来ます。アボリジニは文字を持たない採取狩猟型の文化で、なんと!時間の概念がないそうです。現代人では考えられない事ですが、約束や遅刻などで問題が起こる事がないので、ちょっと便利かも知れませんね。いや不便かな?

 

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 しかし彼らは、「ドリームタイム」と言う概念を持っているらしく、祖先から伝わっている天地創造や神話や歴史などを、過去、現在、未来など区別しない考え方で、常にこれを生活に反映させて生きている様です。と言うか、ドリームタイムの中で今でも生きているのだと思います。文字文化を持たない彼らは、口伝継承と壁画と言う方法で様々な事を後世に語り続けてきています。と言うのは僕の解釈ですが、ドリームタイムについては、まだまだ議論中だという事です。アボリジナルアートは、まるでレントゲン撮影の様な趣きで、かなりインパクトのある作品ばかりです。中でも有名なのは、雨季の激しい雷雨を思いのままに操ると信じられている「ライトニング・マン」でしょう。という事なので、彼と同じポーズでパシャリ!してみました。

 

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​ ここで不思議に思う事は、なぜ彼らは文字文化を発達させて来なかったのか?という事です。僕の勝手な考えですが、元々は文字も、存在しているモノや概念を他の人にも分かる形式に表現したものですが、もしかすると壁画自体がすでに文字的な意味を持ち、その文字的なモノはそれ以上の形態変化を必要としなかったのかもしれません。その時代のアボリジニなら、生きる上で必要な事を伝える手段は、それ以上必要なかったのかもしれませんね。言葉は既にありますしね。現代では文字を使って伝えることは可能ですが、どうしても受け取り方は人それぞれになってしまう可能性は拒めませんし、現代の文字にも色々と問題はあると思います。

 「語り得ぬものについては沈黙を守らなければならない」 By ウィトゲンシュタイン

 僕の大好きな世界最古の管楽器、ディジュリドゥ―も彼らの発明で、音(振動?)を使って治療もしていたそうです。現代科学&医療では、この振動という現象はとても大切な事の一つです。「音」と言うモノも、文字同様に表現方法の一つですが、文字ほど明確に意味が伝わりません。でも、言葉より音にした方が良い時ってありますよね?音楽などは本当にそう思います。ひょっとすると、地球と上手く共生する文化と言うものは、発達し続けることではなく、あるレベルまで達したらそこで変化をやめること、すなわち時間の概念を止める事なのかも知れません。アボリジニは過酷な条件のこのオーストラリアで、自然と共生する達人だったのではないでしょうか?という事を考えながら、カカドゥ国立公園を見ていた訳ではありません。あしからず。

 

ダーウィン

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 そして、イエローウォーターという大湿原地帯も圧巻!人間の入る余地のない大自然で心癒されます。この辺りを運転していると、周りにアリ塚が多くなってきます。中には5メートルほどのアリ塚もあり、アリさんの建築技術に感心させられます。

 

イエローウォーター

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巨大アリ塚

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キャサリン渓谷

 

道中の景色

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 ダーウィンから南下して約240キロの位置にあるキャサリン渓谷。13の渓谷があり、カカドゥを水源とするキャサリン川が流れています。ここを堪能するには車より船だ!という事で、ボートを使用してのリバークルーズツアーに参加する事にしました。ワニも生息する川なのでドキドキだけどワクワクです!船から見る渓谷の眺めも大迫力で、さすがにこの景色は車では見ることが出来ないです。もちろん運転手付きなのでとても楽ちん!ここから少し南下した所に、マタランカホットスプリングスという温泉もありました。と言うか温水プールっぽい感じ。ここで旅の疲れを一気に落とすのでありました。

 

キャサリン渓谷

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マタランカホットスプリング

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ダーウィンとスリーウェイズの中間

 

 夜の運転中に車が故障。最終手段の「キャブにガソリンを直接かける」技も通じず、どんなに頑張っても治らないので、諦めて夜空を見上げることにしました。煮詰まった時には一度引くことですね。するとそこには!天の川も分からないほどの星空が広がっていたんです!感動を通り越えて思わず一人で雄叫びをあげてしまいました。ボンネットに寝転び夜空を眺めていると、流れ星が次から次へと線を引いて行くんです。今までの人生で最高の夜空だ!この記録はまだ塗り替えられていない。宇宙の中には無限の星々があり、地球はその中のたった一つに過ぎないのだなっと改めて感じさせてくれる。この車の故障のお陰で、こんなスゴイ景色に出会えて良かった!車の故障ありがとう!とは素直に思えないけど。

 

旅はもうすぐ終了。こんな感じの気分。

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 そして、いつの間にか夜が明けると1台の車がやって来た。気さくなオージーのお兄ちゃんでいとも簡単に車を直してくれたのだ。旧式の車の良いところは作りが単純って所ですね。まあその単純なものも直せない自分はとても恥ずかしいですが。

 

旅では最高80キロまでに。こんな景色も見納め。

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 そんなこんなで、ケアンズを出てから約3か月間。無事にまたケアンズに帰って来ました。タイヤのバーストが怖くて危険な夜走行をしましたが、結果タイヤ交換をせずに済みましたし、途中で怖い経験もしたけどカンガルーバーも結局付けなかったし、何回も車は止まったけどその都度色々な人の助けで何とか乗り越えることが出来たし、とにかく!オーストラリア大陸一周を無事に楽しくやり遂げる事が出来ましたー!総走行距離約4万キロ。地球を一周してる感じだ!

 

旅を終えて息絶えてるフォード君

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 オーストラリアで出会った皆様、無事完走してくれたフォード君、そして全ての自然と見えない力に感謝したいと思います。色々どうもありがとうございましたー!ヽ(^。^)ノ

 

 

まだあるビックリな話

 

 2000ドルで買ってオーストラリアを一周した車が、最後は全く動かなかったのに1400ドルで売れてビックリ!そして、車を売ってくれた人と買ってくれた人と同じ人だったのにも又ビックリ!運転中に、辺り一面に沢山の小さい竜巻が発生していたので、タイミングを見計らってその中に入った。一瞬呼吸が出来なくなり車の中のものが飛んでいってめっちゃ楽しかった。道路の脇では、ブッシュファイヤーと言う自然の火事で黒焦げになった草木が広がっていた。燃えてる最中にも遭遇したが、運転していて熱いんです。 暑さのせいか、道路のあちこちに破裂したタイヤがゴロゴロしてたり、獣たちの死骸がバタバタ転がっていた。死臭も強烈で自然の驚異を痛感した。

 

 かなり驚いたのはバッタの大群。映画のようで、見渡す限り辺り一面本当にバッタのみ。車も走れないほどの大群ぶりだった。ハエの大群は体を回転させても必ず日陰に隠れることを学んだ。内陸ではハエで肉が真っ黒だ!内陸の人達はハエが口に入ってしまう為、あまり口を開けて喋らない。夜間走行、道路の脇には無数の動物の目が光る。時折その目が道路の端から端へジャンプする。ワラビーの群れが道沿いにいるのだ。彼らのジャンプ力は凄まじい!車に当たらない事を祈りながら、この別世界の入り口のような光景を楽しんでみた。

 

旅で使用していた地図

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エピローグ

 

 ワーホリビザは1年間だけなので、その後どうしようか考えた。そのままニュージーランドに行ってスキーの仕事を探そうかと思ったが、まだ雪のないことを知り断念。インドネシアに変更した。もちろん目的はスキーではない。そこから、のそのそとタイへ向かおうとしていた。理由は特になかったが、知り合いがいた事と、何となく国境が繋がってる雰囲気だったからだ。ここでビックリポン!なんと!偶然S君とオーストラリア出国日が同じだったので、一緒にバリへ行くことになりましたー!本当に旅って何が起こるか分からない。おもしれ~!

 そして、インドネシアのバリ → ロンボク → バリ(S君は謎の病気発症の為、緊急日本帰国) → ジャカルタ → シンガポール → マレーシア → タイ と言う風に旅行して行き、1度日本へ帰国したが、半年後にはタイのプーケットへ行き、その後20年間タイで生活することになった。人生は本当に何があるか分からないし、とても面白いものだと思う。全てはオーストラリアから始まり、そこでの人間関係が僕をタイへ導いたのだが、その辺のお話はまた次回へ続くことにしてみたい。

 

 

あとがき

 

 あの頃の旅行は、今みたいにネットがあるわけではなく情報源は本だった。そしてもう1つは人からの情報だ。ネットで色々調べながら旅するのも良いが、あの頃の旅の仕方は、本を読み、貸し借りしたり、人に話しかけて旅の情報を仕入れたりした。その中には人とのコミュニケーションなどが含まれるので、自分でも色々な引き出しを用意する必要があった。ネットがあれば自力で調べられる事は無限だ。しかし、そこに人は介在しないので昔の様な人との関わり方はしないだろう。

今でも、やろうと思えばネットなしで旅は出来る。しかし、周りの環境がネットに接触しているので、明らかに違う旅になってしまうだろう。その昔の旅、今の旅のスタイル、どちらにも良い悪いがあるだろうが、とにかく、感動をして感謝をして、その場の情緒を感じて色々学べれば、旅にしても生活にしても、今も昔もないのだな? と思うのである。ただ、カメラだけはフィルムではなく、今のデジカメを持っていれば、もっと沢山の写真を撮っていた事は間違いないだろう。

 

 「人生は、人も仕事も全て旅!」

 

 

まだまだ旅はつづく......

 

 

2018年04月24日

 

 

2nd Phase - Thailandへ

 

1st Phase - Australia 04

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フリンダーズレンジ とクーバーピーディ

 

 先ずはアデレードから離れてまっすぐ北上していく。この道はオーストラリア大陸のど真ん中を東西真っ二つにしている。エアーズロックは大陸のほぼど真ん中で、別名地球のヘソとも言われていた。そこへ行く前にちょっと寄り道していこうという事で、北上してすぐ脇道へそれた。そこには、フリンダーズレンジと言う巨大な自然のコロシアムがあるのだ。長年隔離された古代世界の様な趣きで、古くはヒマラヤ山脈と同様の高さだったという事だ。何百万年もの歳月にわたって侵食されこの様なクレーター形になったと言う。ちょっと信じがたい話だが、オーストラリアにはこの手の話がゴロゴロしているので素直に信じてみる。実際には、今にもティラノサウルスが出てきそうな、謳い文句と全く同じような場所でビックリした。まるで大昔に巨大隕石が落下した後、人知れずしてひっそりと自然が育まれている様な景色だった。

 

フリンダーズレンジ

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 そしてさらに北上して行くと、周りの景色はどんどん乾いた感じになり、ほぼ砂漠になっていった。しばらくすると、と言っても相当な距離走ったが、周りに穴を掘った際に出る土の山がモリモリと視界全体に広がっていた。道路脇には「穴に落ちない様に!」という注意看板が立ってる。何じゃこりゃ? と誰しもが思うに違いない。シュールな光景だが実在している。クーバーピーディに到着だ。

クーバーピーディ

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 この穴はオパール採掘の際に掘られた穴らしかった。街に着くと言うか、これ街? 砂漠のど真ん中にある要塞の様な場所だ。そのまま全くいじる事なしに映画の舞台に使用出来る。カッコイイ! 今夜の宿泊は、この場所ならではと言うオパール採掘場後の穴を利用したバックパッカーだ。地上は40度を超えているのに、地下のこの場所は20度ぐらいで快適なのだ。この温度差は自然のシステムの脅威を感じざるをえない。秘密基地みたいでテンションは上がりっぱなし。

 

クーバーピーディ

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 そして、これまたビックリしたのが、灰皿の中には屑オパール達がビッシリと並んでいた。決して捨てられているのではなく、あくまでも火消し様だ。これ持って帰っても価値ないんだろうな~と思いながら手が伸びかけたが、理性君がストップをかけてくれて何とか助かった。ここから少し離れた場所には、あの世紀末映画「マッドマックス」の撮影地がある。周りの景色はまさしくあの映画の世界そのままだ! ちょっと高い位置からここの街を眺めてみたが、人の行けそうな場所はこの見えている範囲以外なさそうだ。外は灼熱地獄なのであまり長居は出来ない。地下バックパッカーに戻り、ダラダラと快適時間を各々過ごす事にした。ここでは1泊して出発した。まだ半分しか来ていない。次の目的地エアーズロックへ行く道中に、思わず車を止めて見入ってしまう様な、素晴らしい夕日と出会えた。

 

地下バックパッカー。気分はマッドマックス。

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360度地平線の夕日

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エアーズロック

 

道中の景色

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 エアーズロックは、地球のおヘソとか世界最大の1枚岩と言われています。行き易さとしての位置的な関係で、観光的にはこの場所が1番と言っておりますが実はウソです。ここは大きさ的には2番目で、本当の1番はマウントオーガスタスという場所になります。西オーストラリアの北西に位置していて砂漠のど真ん中です。食料、燃料、灼熱地獄の問題で、僕の車では完ぺきに自殺行為になってしまうので、今回は行くことは断念しました。実際行くのは難しいので、今はグーグルアースで検索して楽しんでおります。何もない砂漠にそびえるメッチャ大きい岩ですよ!


世界で2番目に大きい一枚岩

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 という事で、世界のヘソと言われるエアーズロックに登ろう! という事になりました。エアーズロックを登る際には、早朝スタートしてお昼ぐらいまでには戻ってくる事がベストです。なぜなら、内陸の気温は50度になる時もあり、木々の全くない丸裸のエアーズロックの山頂は、まるでステーキの鉄板のごとくになるぐらい暑いからです。あと、風が強い日や雨の日もダメです。昔からずっと言われ続けている事ですが、ココはオーストラリア原住民のアボリジニの聖地であり、近日中に登れなくなると言う噂が流れています。毎年毎年流れています。結局は、一時期閉鎖したらしくまた再開しているらしいです。今後どうなるかは分かりませんけどね。

 まあ、聖地に登ると言うのは、日本で言うところの入山許可の出ていない神域などに入るのと変わらないのではないかと思います。ですが、あの巨大な岩の塊を見てしまうと、どうにもこうにも登らずにはいられなくなってしまいます。ごめんなさい、登りまする! 到着日は時間的に難しかったので、この日は近くのキャンプ場で寝たのだが、夜中ディンゴ(野生の怖え~犬)らしき群れが僕らを囲っていたような気がする。ディンゴと言うのは犬の先祖みたいな生き物で、どちらかと言うとオオカミに近い。体も大きく時折人間様も襲われるらしい。もちろんそのエリアには柵があったので大丈夫だと思ったが、夜中彼らが近くまで来ていて若干恐怖を味わったのだった。


 次の日の早朝、と言うかまだ真っ暗だったが、車を走らせて国立公園内に入場! ゲートに係員はまだ居なかったので入場料は払わなかった。良いのかな? まあ良いか! 巨岩に近づくと辺り一面はうっすらと明るくなってきた。こんな早朝なのにかなり人が来ている。高さはけっこうあるし、岩肌はツルツルなのに、最初の方に鎖がダラリと垂れているだけだ。絶対に何人かこの岩肌から滑って転んであの世行きの方々が年間に数人いるに違いない。じっくりと巨岩を近くで眺めて、さあ登頂開始だ! 一緒に行ったA氏はもともと登山家らしく、かなり傾斜の強い斜面もまるで平地の様にスタスタ歩いて行った。僕の方が年齢もかなり若いのだが、すぐに差が開いてしまった。登り始めていくと、どんどん風も強くなって来た。この風に煽られてやはり岩肌から転げ落ちそうだ。しっかりと足元を確認しつつ、周りの景色も見つつ山頂へ向かって行った。

 

恐るべしタイムを出したAさんと

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エアーズロック登頂中。エアーズロックの頂上で朝焼け。

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 中腹ぐらいで辺りを見回すと、下で眺めていたよりかなり高い感じがする。岩の下を見ると人の大きさも米粒ぐらいだ。やっぱり怖え~。下を見ることは精神的に良くない事を悟り、ひたすら正面を向いて歩いて行った。時間にして約30分ほどで頂上へ到着。すでに到着していたA氏を見つけて聞くと、彼は17分で登りきったらしい。正直化け物かと思った。風強いし、防護柵ないし、すげ~怖かったが、とにかく無事に到着した。丁度、うっすらと明るい水平線から太陽が昇り始めていた。頂上から見るこの眺めは最高だ! 聖地だと言う事を信じさせてくれる景色に間違いなかった。そして遠くにはマウントオルガが見えた。これまたエアーズロックに勝るとも劣らない巨岩の群生だ。この景色を見てしまうと、あの岩も行かなくてはいけない。そう決意させてくれる景色だった。しばらく、頂上でこの壮大な景色と恐怖の風を感じながら過ごしていた。地球のおヘソに到着だー!

 

遥か向こうに見えるのはマウントオル

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マウントオルガの風の谷

 

 エアーズロックからマウントオルガまでは、荒野的な道をサクサクと歩いて行った。この巨岩の景色はジブリの『風の谷のナウシカ』に出てくるオームそっくりだ! おまけにウインドオブザバレーと言う場所もあった。訳すと谷の風だ。エアーズロックと違い1枚の岩がノぺっとあるのではなく、モコモコのオームの様な岩が群れている地形だ。沢山の岩が連なっている様に見えるが、ここも1枚岩らしい。地下でエアーズロックと繋がっているという事だ。マジなのか? 見渡す限り真っ平らな地平線にニョキっと生えてるこの巨岩達は(マウントコナーと言うのも近くにあります)、何かしらの意味を考えたくなる様な風景だ。きっと、この壮大な圧倒的な風景の中で、古代人達は神の力を感じたに違いない。何故なら現代人の俺でもそう思うのだから。

 

マウントオル

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マウントコナー

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キングスキャニオン

 

 メインの道から少し離れて行くので、本当に本当に1台も車とすれ違わなかった。デカイ!やっぱりデカイこの国は! 次に目指すのはキングスキャニオンだ。名前にも出ちゃっているが、あのグランドキャニオンのミニ版みたいな場所だ。案内所がある訳でもなく、細かい説明が書いてある訳でもなく(書いてあったかも?)どうぞ勝手にお入りください的な感じだ。岩の所々には「こっちに行きな! 」的な方向を示した矢印が置いてある。なんかすげ~雑だなぁ~と思ったけど、この標識がなければ全く行き方が分からない地形だ。ただし、景色は壮大極まりなく、そして誰も居ない!ここではH君と2人きり。貸切状態だー!

 

キングスキャニオン

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​ 砂漠にそびえる岩の造形物で、生き物の気配が全く感じられない。しかし、よく見るとこの極限の環境の中で、ヒッソリと、そしてドッシリと構えて暮らしている強者の生き物が住んでいた。トカゲだ! ものすごい速さで去って行ってしまったが(笑)。矢印に従い、時には矢印を見失いキョロキョロしながら歩いていると、大きな箱が置いてあった。明らかに人工物。中を開けてみると大きなタイヤが目に入った。いや~この岩の上には車は来れないって!よく見るとその他にも色々と入っている。英語がびっしり書いてあり、簡単な使用方法を絵でも示してあったが、どうやらコレは、途中で遭難した時の為の緊急グッズみたいだ。特にこの中ではタイヤが印象的だった。よく絵を見ると、遭難した際に狼煙の様に燃やすらしい。なるほど~っと思いながらまた足を進めていった。


キングスキャニオン

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 日が傾き始めていた。ゴールが一体どこなのか見当もつかなかったが、見当がついたのは、このままだと日が沈んで真っ暗になってしまう。そうなったら絶対にこの岩を降りることが出来なくなってしまうという事だった。マズイと思い早歩きで進んでいたが矢印を見失ってしまった。ヤバイ結構ヤバイ!っと思った時にヘリコプターが飛んできた。お! おおおー! と思っているのもつかの間。彼は飛び去って行ってしまった。「えええ~何もなしっすか!」あ~急がないと急がないと! っと言っている間に日はぐんぐん沈んで行ったが、間一髪と言うところで偶然出口にたどり着いた! ゴールに着いた時には2人とも大笑いしていた。こんな場所で道に迷い危うく遭難してしまったら、恥ずかしくて生きていけん。しかし、さっきのヘリコプター、ウチら見て大丈夫だと思ったから帰ったのかな? もっとちゃんと見ろって言いたいね。手を振ってたのは挨拶じゃなかったのにさ(笑)


キングスキャニオン。チャリダーH君と。

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 内陸の道は舗装されてない場所が多く、白砂、赤土、砂利、岩などなど。中にはこんな道もあった。どう考えてもこの川を渡らないと先に行けないという道 。もちろん本当の川ではなく、雨季の時期などに水が溢れてしまって道をふさいでる状態。こんな時には、素直に引き返すか、もしくは強引に渡りきるかだ! この時は、引き返すにはかなりの距離を戻らなくては行けないので後者を選択! 先ずは歩いて渡り深さを確認、あとは度胸のみ。絶対に途中で止まる事は許されない。もしもマフラーから水が逆流してしまったら、エンジンが終了してしまうからだ。イザ! 出陣~! 辺り一面に水しぶきが「バシャー!」っとかかり、モーゼの海の件の様に川が割れていった。ドキドキだけど爽快な気分だ! もし止まったら、他の車が通りそうな道ではないので、相当な時間救助を待つ事になっただろう。けれど無事に難関はパスしたのだった。

 

行ったるで~!やりましたぜ!

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アリススプリングス

 

 この街についた時にこんな事件があった。ちょっとエネルギー補給でお酒を買おうと思い駐車場に車を停めた。すると、木の陰からアボリジニの夫婦がやって来て、僕にお金を渡して「お酒を買ってきてくれ」と言ってきた。「ん?自分でいけばイイじゃないか」と言ったのだが、「どうしてもお願いします」という事なので買いに行く事にした。お店で1ケースビールを持ちレジに行った。「I.D.ある?」未成年者に見られたのだろう。22歳だったが、まあ日本人は若く見られてしまう。そして、「アボリジニに買ってあげるのか?」とも言われた。とっさに、何故だか分からないが「違います」と言ってしまった。ものすごい怪しい目つきで見られ、その店を出たのだが、後ろを振り返ると、その店のスタッフに付けられていたのだ。「え!?何で?」 という感じだったが、車の近くまで行くとそのスタッフの姿はもうなくなっていた。

 そして、先ほどのアボリジニ夫婦が風邪の様にやって来て、ビールをササっと取って暗闇に消えていった。「あの~お釣り~」 もう誰も居なかった。後からわかった事だが、ここではアボリジニにお酒を買ってあげてはいけないというルールがあったみたいだ。何か不思議で納得いかないルールだ。オーストラリアはもともとイギリス人が原住民のアボリジニを追い出し作られた国だ。その頃お酒はこの地にはなく、イギリス人が持ち込んだものらしいが、何とも勝手なルールだ。そしてその夜。宿取るのも面倒なので車で寝る事にした。すると夜中、何でか分からないが目が覚めた。まだ真っ暗なのに~と目をこすりながら窓ガラスを見ると、車のウインドウ越しにアボリジニの男性が車内をジロ!っと覗き込んでいるのだった。「うわ! マジか!」鍵もかかっているので大丈夫だと思ったが、ちょっと恐怖を味わってしまった。もうお酒買ってやらん!

 

 

カンガルー島

 

 この島はフェリーで行かなくてはいけないので、車を置いてツアーに参加することにしてみた。島の大きさはオーストラリアで3番目。東京都の2倍の広さを持ち、外来種の影響を受けていない為か動植物の宝庫になっているらしい。この島のシールベイでは野生のアシカと出会える事で有名だ。世界でも野生のアシカを間近で見れるのはかなりレアらしい。お天気も良く長閑な感じの海。この海の向こうは南極なんだな~と思うと、とても不思議な気分になる。この海辺では、アシカがダラダラゴロゴロ寝ていて気持ち良さそうだった。こんな景色を見ていたら、人間社会のデコボコした問題など本当にちっぽけだと思ってしまう。

 

気持ち良さそうに眠るアザラシ

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 そして、リマーカブルロックスと言う不思議な形をした岩達、アドミラルズアーチも怪物の口を思わせる奇妙な形をした景観だ。風雨や波などで長年浸食されて出来たこれらの岩達は、決して人の手では作ることの出来ない、自然の織りなす壮大なアート作品ではないかと思う。その他、ケリーヒル鍾乳洞も幻想的でとても良かった。1人旅だと自分で色々見て想像して考えたりするが、ガイド付きのツアーだと自分の知らない知識や説明もあり、楽ちんで勉強にもなる素晴らしいシステムだと思う。もちろんガイドさんの力量にもよるし、時間配分は自分で決めることが出来ないデメリットもあるが、たまにはこういう経験も大事な事だと改めて実感した。

 

アドミラルズアーチ。リマーカブルロックス。

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砂丘を走る

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再度アデレード

 

 小旅行を終えて再びアデレードに戻ってきた。今度はユースに宿を取り、次の移動の準備をしようと思っていた。先日泊まっていたバックパッカーに遊びに行くと、そこで偶然の再会。メルボルンで一瞬出会ったハリーがそこにいた。そして、毎日食パンを一斤食べるHちゃんもいた。この子はオーストラリアの北の地ダーウィンから入国して、オランダ人のハープ弾きと一緒に大道芸人で旅をしてるかなりのツワモノだった。ここに来る前はインドネシアに住んでいた謎の女性だ。今現在はインドネシア在住のエメラルド屋さんで、何と驚くべき事に、先日テレビ番組の「情熱大陸」に出演していた。そして、ナイキーと言う重要人物ともここで出会った。結局、ユースに宿は借りておきながら、ハリーの住んでいるパッカーの方が居心地も良く、そこのソファーで寝泊まりしている毎日を送ってしまった。

 ナイキー&ハリーとは毎日の様に会って色々な話を交わしていた。みんなクセがありとても面白いメンバーだ。それは今でも全く変わっていない。もう1人チャリで旅をしているM君とも出会った。彼のお陰で詳細なポイント情報を得る事ができた。その頃、机一面ぐらいの大きなオーストラリアの地図を持っていたのだが、彼の情報でかなりの文字で埋め尽くされた。自転車は車と違って、ジックリと土地を味わう事ができる様で、舐める様に各地の情報を持っていたからだ。しばらく、この街というより、ここいる人達を観察して旅に出る事にした。目指すはパースだ。この時に、もう1人のチャリダーH君も同乗する事になった。彼はパースまで行くのではなく、ノースマンという途中の場所までが目的地だった。既にこれから行くルートはチャリ旅をしているので、ノースマンからチャリ旅を再開する計画らしい。

 

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ナラボー平原

 

 シドニーからパースまで約4000キロをインディアンパシフィックと言う鉄道が走っているのだが、アデレードより西へさらに行くと、ナラボー平原と言う場所を通ることになる。世界最長の直線478キロがあり、このレールの横を走るのが旅人の夢だ。 よく聞く噂では、バイクでこのレール状を走ったりして事故を起こしたり、脇道を走って電車の飛ばした小石であの世行きになったりと、逸話に事欠かないストックルートだ。もちろん僕の車で行くことは出来ないが、今走っている舗装道路も相当な直線距離だ。アデレードからノースマンまでの距離はおよそ1600キロあり、途中からはほぼ直線の道路ををガンガン走るのだ!ひたすら真っ直ぐ伸びている道路の先は地平線まで続きその先は見えない。周りは木々の殆どない平坦な土地が続いている。

 

ナラボー平原

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 この途中で1箇所行きたい場所があったのだが、地図上で見る限り、電車の線路上から突然舗装道路が伸びている様だ。ココは核実験施設のあった場所でグランドゼロと言う別名も持っている。まあ、一般の僕は到底行けないのだろうけど。殺風景な景色の中をまっすぐ伸びた道路は永遠に続くように思えた。そんな中、左側は断崖絶壁の海が続く。少し寄り道してその壮大な風景を撮影。ビーチも出てきてやっぱり寄り道して撮影。誰1人いないビーチの風景はとてもシュールでどこを切り取っても絵になってしまう。そこで拾ったまな板のような真っ白な石は今でも大切に持っている。うっかり落として真っ二つに割れたが、瞬間接着剤でちゃんと補修済みだ!特に観光地でもなく有名でない景色だったが、とても印象に残る景色だらけだった。

 

ナラボー平原

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ノースマン

 

 長い長いナラボーの直線は、ここに来てやっと分岐することになった。道も分岐すれば、人も分岐した。チャリダーH君ともここでお別れだ。彼はここから残していたルートを自転車で走り、オーストラリア自転車一周を完成させる。自分はまだこの国を半分ぐらいしか走ってないので、彼がとても偉大に見えたのだった。車じゃなくて自転車だし、マジ信じられないし。そしてその後、彼は地元の新聞に出たのだった。しばらく一緒に過ごした後の別れは、普通寂しく切ないものだが、それぞれの道があり、各々すべきことがある時には決して寂しいものではなく、また必ずどこかで会えるという信念が何故だか湧き上がってくるものだ。何の根拠もないのだけれどそうなってしまうのだ。後日談だが、これまた偶然その後ケアンズで彼と再会したのだった。世の中広い様で狭く感じてしまう。


ノースマンにてH君とお別れ

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エスペランス

 

 この近くに有名なピンクレイクがあるという情報はとても有名だった。ただ、もう既に別の場所で見てしまっていたので、感動も少しソフトになってしまうかもしれないが行ってみることにした。内心はちょっとドキドキだ。到着寸前に見えるチラっとピンクを覗かせる湖を想像した。しかーし。期待はボッキリ折れて湖面は真っ青だった。あぁ~?こりゃ時期が違うな。まあ自然のものだししょうがないね。という事で、そのまままっすぐ海に向かった。

 

グリーンレイク

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エスペランス

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 辺りには全く人影もなく自然の中に一人ぼっちだった。すると正面に海が見えた。うわ!風が痛いぐらいに吹きつけてくるのだが、その事よりも眼前に広がる風景に圧巻した。青い空、コバルトブルーの海、白い砂浜のコントラスト! 全て調和していた。風が強いので白波も立っていて、それがまた良い味付けをしていた!どれぐらいこの景色に見とれていたのか? 時間をすっかり忘れて、この絵画の様なシュールな景色に引き込まれていた。ピンクレイクは見ていないが、それよりも正直感動してしまった。


エスペランス

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アルバニ―

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スターリングレンジ

 

 この近くに国立公園があったのでチョット寄り道してみた。何の情報もない中、続くオフロードをズンズン入って行った。遠くに見える緑色の山と周りの緑、茶色の道、どこか違う世界への入り口に続いている感覚だ。終点が分からないままどんどん進んで行ったが、その分どんどん不安になってきた。行くのは良いけど、出口がなければ戻る時の燃料が足りるか足りないかだ。予備も底をついていたのでギャンブルになってしまう。まだまだ先の景色を見たかったが、渋々引き返すことにした。けっこう進んだのにまだ先が分からないって。国立公園の奥の深さにビックリ関心してしまった。もうとにかくオーストラリアの国立公園は巨大すぎるよ。

 

スターリングレンジ

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ペンバートン

 

 ここは友達に聞いていた場所で、絶対に行くと良いと言うお勧めポイントだった。遠くから見ると、木々の中にポツンと立っている何の変哲も無い巨木なのだが、どんどん近寄ってみるとちょっと高さが異常なのに気付いた。縄梯子で1回で最高8人までと書いており、恐怖心をあおった設定だ。早速登ってみると、縄梯子が不安げにブルブル震えとりますがな。どんどんジャックと豆の木みたいに上へ行くと、もう途中で結構な高さになっていて下を見てはいけない状態だった。まあ屋根屋さんをやっていたので多少の高さには慣れていたのだが、それでもちょっとビビりが入った。まだ上あるの? って感じでやっとこさっとこ頂上へ着くと、ものすごい上から目線で周りの森達を一望出来た。この木だけ異様に突出しているのだ。いや~けっこう高い。ケアンズバンジージャンプは50メートルだったが、この木は60メートルだ。下を見ると人なんて米粒ほどしかない。次の人もいるのであまりゆっくり出来なかったが、いやゆっくりしようとも思わなかったが、また縄梯子をブルブルさせながら下木した。

 

ペンバートン

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 次の目的地に行くまでの途中、前後200キロ何も街のない道をヒッチしている若者が1人歩いていた。どう考えても歩いて次の町へ行くことは出来ないと思った。ペトロシェアは良いけどヒッチハイカーを乗せることは嫌いだった。何故ヒッチハイカーを乗せないかというと、単純にタダノリという事と、オーストラリアでは、ヒッチハイクする方もされる方も危険が伴うからだ。この時の場合は、ヒッチに適した場所とは到底考えられなかったので、俺の危険フラッグが発動したのだ。興味本位で速度を落としてゆっくり近寄って行くと、何と! 彼は日本人だったのだ。あまりに無謀な場所だったのでちょっと考えてみたが、見た感じ何とかなりそうだったので(笑)マイルールを破って乗せてあげた。さあ!どんな変態さんなのか?

 日本語で挨拶をして助手席に乗せてみた。僕が知りたいのは、どうしてこんな場所で歩いているのか? という事だった。ちょっとヘマすればあの世行きって場所だからだ。そして、暫く彼の話を聞いていると、何だかだんだん不愉快になり、最終的にはムカついてきた。何故かというとヒッチハイカーの哲学的な事を語り出したからだ。こっちは本来ハイカーは乗せない主義で、ほんの気まぐれで接触したのに、聞きたくもないどうでもよい理論を延々と聞かされたのと、口調や波長が全く合わなかったからだ。乗せてあげて本当に申し訳なかったのだが、あっさり途中で降ろした(笑)。その後の彼の事は正直どうでも良かった。まあ、身体は丈夫そうだったので死ぬことはないだろうっと思った。ここでの行方不明者は、分厚い本4冊分程になるらしいけど。きっと大丈夫! 彼なら大丈夫!

 

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パース

 

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 世界で1番綺麗な都市とも言われたパース。ケアンズからは地図を見ると丁度対極になる場所だ。桃太郎さん風に言うと、ケアンズは鬼の方角、パースは犬や猿や鳥の方角だ。パースがケアンズを退治するわけではないが何かありそうな感じだ。ところで、オーストラリアを旅していると、だいたい右回りか左回りを選ぶ事になるが、相手と反対ルートを選ぶとなると、ある地点で大抵合流する事になる。僕ははそれがパースだった!ケアンズで知り合ったメンバーが沢山この地に到着していて数々の再会があった。再会はこんな感じだった。あるフードコートでご飯を食べていると、突然視界が暗くなった。誰かが目隠ししたのだ。やべ! 殺される。っと思ったが、首に刃物は当ててなかったし、ここは沢山人のいるフードコートだ。尚且つ友達と一緒にご飯食べてるし。んんん~? 暫くの沈黙の末、「S君だな?」っと俺が言うと、視界が開けた。感動の再会ってやつですな。1人知り合うと次々と仲間は現れた。そして、新しい仲間も増えていった。結局パースに約1ヶ月間の滞在をする事になってしまった。もはやこの地で終了するのかと思うほど楽しかった! しかし、目的はオーストラリア一周なので何時までもココにいる訳にも行かなかった。しかし、沢山の思い出が出来た土地だった。

 

 

スカパラのライブ

 

 ある日、何処の誰だか忘れたが、パースに東京スカパラダイスオーケストラが来てコンサートをすると言う情報を持ち込んできた。ちゃんとパンフも持って来ていたので真実の情報らしかった。旅をしていると色々な情報を頂けるのだが、全て信じてしまうとろくなことが無いという事も、旅をしてから学習したのでちょっと不安だったのだ。コンサートは数日後だったのだが、その前にある郊外で無料ライブをやるらしかった。これは絶対に行くしか無いということで10人ほどで計画を立てた。しかし、会場の場所が全く見当がつかなかった。色々な人に聞いてだいたい検討はつけたのだが、んんん~微妙と言う感じだった。取り敢えず、パース市内から車で1時間ほどだろうという事だ。まあ考えていてもしょうがないので、当日その方角を目指して出発してみた。パースから郊外の道はそれほど多く無いので大丈夫だろう。

 途中に分かれ道が1箇所あって、ヤマカンで選択した道はどんどん森の中を走り、どんどん方角もずれていったので途中で引き返すことにした。50パーセントの賭けに負けたのだ。スタート時間も迫ってきたので少し焦りながら車を走らせた。もう1つの道もかなり森のような感じだったが、暫くすると平野で明るい場所に現れた。車も疎らに停まっていて、絶対にココだという雰囲気だ。もしココじゃなければもう帰ると言う雰囲気も僕らは醸し出していた。近づくと、会場という感じではなく、野原の傾斜に石の階段を作って、それをベンチ代わりにしていた。こんな奥地で何の為に使用しているか見当もつかないハコだった。既に疎らに外人達が座っており、僕らも適当に座って待っていた。

スカパラのライブ パース郊外にて

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 スタート時間はとっくに過ぎていたが、始まる気配は全く感じられなかった。「これ始まるんかいな?」という感じ。そして、半ば諦めかけたその時、主役が登場してきた! 「うおおー!本物だー!すげーすげー!」っと僕らは熱狂だ! なんで彼らがこんな場所を選んだか意味不明だった。いきなり演奏が始まったが、僕らも外人達もかなりノリノリで音を聞き動いていた。最後にやった曲が印象的だった。リーダ1人で演奏する「君と僕」という曲だった。アコーディオンの切ないメロディーと口笛のみの演奏。会場の一帯を包みこみ、演奏が終わった途端に拍手の嵐が訪れた。ライブが終わり、パース市内でウロウロしていると、さっきまで演奏していたスカパラのメンバーが歩いていた。やっぱりオーラが違う、めちゃめちゃカッコ良かった!

 

 

乗馬ツアー

 

 パース郊外にある乗馬クラブへ遊びに行く事になった。かなりど田舎で、あたり一面本当に何も無い世界だった。乗馬ツアーもありガイドの人もいるのだが、一緒に行ったHちゃんが日本で乗馬をしており、S君を含め3人だけで自由にコースを周ってみる事にしてみた。Hちゃんは色々なスキルを持っているのだ!ここは広大な土地らしいので、ガイドの人に「どこ行けばい良いですかね~?」と質問してみると、「大丈夫です」と言う、何やらよく分からない返答が帰ってきた。では、いざ出陣! 広大なコースをどうやら馬は記憶しているらしく、導かなくてもどんどん突き進むのだった。小さい小川の中にも入っていく。S君の馬は直ぐに雑草を食べてしまうし、しまいには寝転んでいてS君は落馬していた。マジ大笑いである!ガイドの人は乗り手の経験によって馬を選んでくれたみたいだったが、S君の馬をHちゃんが乗ると、見違えるようにその馬は走り出した。馬は人を見るとは良く言ったものだ。

 Hちゃんは、「少し日本と馬場術が違う」と言っていたが、颯爽と馬を操るHちゃんの姿は男勝りでかなりクールだった。そんな感じで楽しんでいたのだが、走らせ過ぎて僕は馬から落っこちてしまった。S君は馬に乗ったまま去ってしまったが、僕の落馬を見ていたHちゃんは僕を助けに戻って来てくれた。しかし、馬を降りた瞬間に彼女の馬も彼方へ消えてしまった。この広大なコースを馬小屋まで戻る手段が全く分からず、笑いながら途方にくれる2人が出来上がった(笑)。暫くすると、背中にインストラクターを乗せて、1頭の馬が走ってこちらへやって来た。馬達だけが先に帰って来たので、心配して助けに来てくれたのだ。危うく乗馬コース内で遭難するところだったが無事に戻ることが出来た。ご主人様を置いて馬小屋へ先に戻るとは、なんて賢い馬達だろう(笑)若干肋骨は痛かったが、すごい楽しい1日だった。

 

 

フリーマントル、レッドバック、ブラスモンキー

 

 パースから車でチョチョイと行くと、フリーマントルと言う場所に行ける。色々観光するところはあるらしいが、僕の興味はレッドバックと言う地ビールだった。レッドバックとはオーストラリアに住む猛毒のクモの名前だ。このビールのラベルも勿論この蜘蛛の絵が描かれている。そして、値段は少しお高めだがとても美味しいビールなのだ。ここに到着したのが夕方だった為、観光はほとんどしてないのだが、綺麗な街並みだったのでもう少し見ておいても良かったかもしれない。まあ近いしまた来ればイイいかな?っと思っていたが、再度来ることはなかった。


 このビールはパースの街中にある「ブラスモンキー」と言う有名な飲み屋さんでも飲む事が出来た。店の看板には3匹のサルが描かれており、「見ザル、聞かザル、呑まザル」と言う洒落たジョークを効かせたお店だ。このデザインが気に入ったので、飲む前に先ずはTシャツを購入した。メチャメチャ可愛いロゴですぐにお気に入りになった。そして何回か通って1発で一目惚れしたのが、かなり高価だったリーバイスのGジャンだった。ジンビームのロゴがバックプリントになっている。これはかなり悩んだ。めっちゃ悩んだ。店の前を通るたびに噛り付いて見て、やはりお値段の高さに毎回断念していた。確か200AUSドルぐらいだ。しかし、ある日何かの勢いでウッカリ買ってしまったのだ。今も使っていて少しボロボロになったが、それがまた良い感じになってお気に入りの仲間になっている。結果的には良い買い物だった。


 この店のチョット驚く事は、閉店時間になると直ぐさま全ての椅子をテーブルの上に片付けてしまう事だ。そして後ろに定員が立っていてこちらを凝視しているのだ。すごい嫌な雰囲気全快で、早く帰れコールを僕らに思いっきりしている。これじゃービールの味も不味くなるって!まあ、店側の気持ちも分かるけど、少しは大目に見る寛大さはないものなのか? ちょっと逆ギレ気味だったが、家に帰ると何故だか、この店のレッドバック柄のビールグラスが僕のカバンにちゃっかり収まっていた。すごく気に入っていた一品だったので、これはしょうがない出来事だと思う。今もあるこのグラスで、もう一度レッドバックを飲み干してみたい。

 

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ロットネス島

 

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 ロットネス島は、フリーマントルから約20キロの沖合にある、A級自然保護指定の国立公園です。一般車両の乗り入れは禁止されていたのでフェリーで行く事にした。数名の友達が既に行っているのは知っていたが、まあもし出会えたらラッキーだねぐらいの気持ちで、僕らは3人でこの島へ行く事になった。ロットネス島へ着きウロウロしていると、直ぐに先着メンバーと出会えた。やけに狭い島だな~。という事で、合計8名でこの島を散策することになったのだ。周りも迷惑するぐらいの喧しさで皆でビーチに行ってみたのだが、そこで広がっていた景色は!インド洋のあまりの美しさ、砂浜も真っ白で眩しすぎ、おまけに天気も最高に良く、海の三冠王を制覇している。「すげー!すげー!めっちゃ綺麗!」グレートバリアリーフも綺麗だったが、初のインド洋の海の色は感動的だった!水温はおそらく相当低いと思うのだが、見た目は南国そのもの!パースにいるときとメンバーは変わらないのだが、都会で会うのと海で会うのと全然違う。このメンバーは元々ケアンズで出会っているので、やはり海の側にいると生き生きするのかな?いや、どこで会っても同じなのかも。それは数十年たった今でも思う事だ。

 

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マーガレットリバー

 

 波乗りをする人にはとても有名な場所だ。そして、ホウジロザメにサーファーが噛まれる事でも有名な場所だ。しかし今回は波乗りではなくワイナリー巡りだ! ここは波乗りも有名だがワインもかなり有名な場所なのだ。海から少し離れた道は辺り一面ぶどう畑だった。数あるワイナリーの1つに立ち寄り、ワインを飲もうという事になった。2リットルボトルで4ドルほど。ボトルを返すと1ドル返金されるらしい。って事は、中身はたったの3ドルだ。安すぎる!ボトルを買って車に積み込み、そのまま飲みながらのドライブになった。今考えるとガッツリ飲酒運転だ!まあ硬いこと言わ無い事にしよう! 道には他の車も殆どなく僕らの独占状態。行けども行けどもぶどう畑。日本の山梨に行ってもこんな広大な畑を見る事は出来ないだろう。そして中のワインも極上で激ウマ! 帰りにボトルを返しに行ったので、1ドルも返金されたったの3ドルで美味い安いを味わえたのだった。毎日こんな美味しいワインを破格で飲めるなんて、本当に幸せな土地だと思った。もしかしたら、日本で飲むワインが高すぎるのかもしれないが。

 

 

花火大会

 

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 キングスパークやスワン川沿いから見る事の出来る花火大会があった。かなり混雑していてキングスパークは無理だろうという事で、街と反対のスワン川沿の芝生から見ることにした。川を挟んで後ろにパースの街並みの夜景が広がる景色は、花火が無くても既に綺麗だ!花火は、川の中央から音楽に合わせるようにボンボンと上がっていてとても幻想的だ。そして音楽担当はなんと!日本人の富田功さんだったのに猛烈に驚いた!そしてもっと驚いたことは、最後の花火が打ち終わったなと思った数秒後、遥か向こうに見えるビルの屋上が「ドッカーン!」と爆発するという演出!いや~国もデカイがやる事もデカイ!

 

 その他、パースでは初ウィンドサーフィンにチャレンジした。やっとこさ立てたと思ったらいきなり子供に激突したことを思い出す。幸いお互い怪我もなくて良かった。それから今日までウィンドサーフィンをしたことは無い。パースは綺麗で大きな素晴らしい街だ!あまりの居心地の良さに結局1ヵ月ほど滞在してしまったが、この国の魅力はやはり大自然!まだ見ぬ景色に出会いに行く為、パースを出発することにした。

 

パース出発前

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つづく......

 

 

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1st Phase - Australia 03

ケアンズペリカン

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『オーストラリアンレジャー』と言うツアー会社

 

 カラオケ屋さんが突然終了してしまったので、すっかり失業者になってしまった僕はまた新しい仕事を探そうとしていた。そんなある日、S君のやっていた仕事だったのだが、ツアーガイドの仕事を紹介して頂いた。日本人観光客の皆様のホテルチェックイン、ツアー紹介、空港送迎などが主な仕事だ。日本でもほとんど着なかったスーツでのお仕事だ。ただし、ツアーなどは1度行っていないと紹介するにも実感がわかないので、インスペクションと言う形でツアーの下見調査が無料で行けるのだ!会社に入ってから暇な時にはこの調査で色々なツアーに参加した。スノーケルツアーや、観光地へのツアーなど、本番の仕事ではなく緊張感がなく楽しいのだが、あくまでも調査なので色々とメモを取りながらの参加だ。前回のカラオケ屋さんの仕事は、日本人だらけだったので殆ど英語を使う事はなかったが、今回は観光地やホテルなどでのやり取りは全て英語だった。お客様との会話は全て日本語だったので問題は無かったが、英語は下手だったのでかなり苦労してしまった。

 

インスペクションにて

 

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 思い起こせばこんなトラブルがあった。仕事ファイルの1番下に仕事が残っており、これを見忘れてドタキャン状態になってしまったのだ。ホテルの外人スタッフが対応してくれたみたいで事なきを得たらしいが、社長に呼び出しをくらった。その時僕は、運悪く髪を染めていた最中で、シルバーにするはずだったのだが長時間の説教の為、髪を洗い流すタイミングをすっかり失い気付けば真っ茶色に変身。普通にチャラけた髪型になってしまった。まあ自分のせいだからしょうがないっす。


 こんな事もあった。この会社の出勤時間はその日の仕事によりバラバラだったのだが、ある日の仕事はかなり早朝だった。お客様が早朝到着でホテルにチェックインをするので、自宅からホテルへ自転車で直行の楽ちんパターン!しかし、そんな日に限って寝坊してしまうのって良くある事ですよね。すぐに起きて支度をして、大急ぎで自転車をこぎまくり。「ギリギリ間に合うかな~?」ぐらいだった。早朝と言ってもまだ太陽は上がっておらず辺りは真っ暗。そんな中トラブルは覆いかぶさる様に訪れるのでありました。突然出てきた犬に吠えられながら追っかけられたんです。めっちゃめっちゃ怖くて、漫画の様に見えない程の高速で自転車をこぎまくり、猛スピードで逃げまくった! ギリギリ追いつかれそうだったがやっとの思いで犬を振り切り、もう少しでホテルだ!っというところで、何と!

 

インスペクションにて

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 まだトラブルは続くんです。犬から逃れてホッと一息という所で、道の段差に気づかず自転車は宙を浮いていた。ほぼ一回転。挙げ句の果てには、自転車が空から降ってきて自分にヒット!自分の自転車に引かれたのは人生で2度目だった(1度目は小学生の時だった)。ワイシャツも破れ、泥だらけでホテルへ到着。この時のお客様はビックリしただろうな~。誰かに襲われたツアーガイドって感じだった。こんな感じのドタバタガイドでした。結局、仕事よりインスペクションが多い感じになってしまったのは会社に申し訳なかったですが、とても充実したお仕事をさせて頂きました。色々とご迷惑をおかけ致しましたが、本当に有難うございました。

 


ケアンズ最後のお仕事は、『ペリー二』と言う革製品屋さん

 

 悪評名高いレイクストリートと言う道がある。この道沿いには観光客向けのお土産屋さんが立ち並び、店頭にはキャッチセールスが待ち構えてるという見るからにガラの悪いストリートで、店の前を通れば必ず話しかけられてしまうという迷惑な道だ。ケアンズ最後の就職先は、この道沿いにある革屋さんだった。この店のノルマはキツイと言われていたのだが時給が良かったのだ。しかし暑いケアンズでスーツ姿で店頭に立ちキャッチをするのはかなり辛かった。とにかく、店の前を通る人全員に話しかけると言う迷惑な仕事だし。だが、この仕事のおかげで、見ず知らずの初対面の人に話しかけると言う技を習得した。お客様商売としてはかなり有効な武器だ! この仕事に就いたきっかけもキャッチだった。店の前を通るとキャッチの男性に話しかけられ、次第にスカウトされてしまったと言う感じだ。


 オーナーはイタリア人のマリオという男性だ。外見も見るからにマリオという感じだ。きっと弟はルイジに違いない。そして従業員の外人マネージャーが4名いて、その外人とペアを組んで働くというスタイルだ。外人はそれぞれ個性があって、やりやすい人とやりにく人がいる。まあどこの国で働いてもこの感じはずっと付きまとうものだ。僕はまあまあ売り上げの良い方だったが、1日だけ売り上げゼロという日が出てしまった。理由などないが、お客さんが全然いなかったせいもあるし、気の合う外人マネージャーだったせいで、1日中喋っていたからかもしれない。まあ、そんな時もあるものだ。ノルマがキツイのでクビになるかな? と思ったが大丈夫だった。暑いケアンズで毛皮を売るのだから、それなりにテクニックがいる。外で話していても高い気温のせいか革製品など全く買う気になれないので、エアコンガンガンの冷蔵庫の様な店内に入ってもらう事がまず大切だった。決して安い買い物では無いのだが、旅行のマジックもかかりそこそこ買って頂いた。

 

マリオ

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お店の前で1番気の合うスタッフと

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 直接仕事に関係する話では無いのだが、こんな事があった。いつも自転車で10分ぐらい通勤していたのだが、この日は、前日飲み過ぎたせいか完全に遅刻してしまう時間に起きてしまった。最後の手段とばかりに、目の前の道でヒッチハイクをしてみた。予想とは裏腹に簡単に車を捕まえる事が出来た。ここはヒッチハイクを日常茶飯事にしている国で、もちろんそれに関しての事件も多いのだが、朝9:00頃の町中で車で3分程の距離だと全然オッケーだった。日本では絶対に考えられないスタイルだ。毎日このパターンは失礼だが、緊急手段としてのこの方法はかなり素晴らしいものだと思う。やっぱり国がデカイと心もデカイのかもしれない。

 

となりの店で働くエアホッケーの名手。店のスタッフたち。

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 そして、いつも仕事が終わった後には、エンドオブザワールドと言うディスコに行っていた。名前からして、ダメダメ感が漂うが名前負けしていないのだ。店内は踊り場がもちろんあって、ビリヤード、そしてエアホッケーがある。毎日夕飯も安く食べられるのだが、僕はほとんど夕飯には手をつける事はなかった。ここでハマったのがエアホッケーだった。日本では温泉に行った時ぐらいしかやらないゲームだが、初めてそのゲームをここで見た際には、全く見た事の無いような、まるで格闘技に近いものだった。なんせ、球に目がついて行けないぐらい早いのだ。時折、球が思いっきり場外に吹っ飛んでいく事もある。持ち方打ち方全てが日本の今まで見てきたものと違っていた。1ドルでゲームが出来るのだが、ここのルールは勝った人は払わなくてよく、次の挑戦者が払うシステムだ。エアホッケーがこんなに面白く、こんなに奥の深いものだとは思ってもみなかった。僕は卓球も大好きなので、温泉宿のゲーム選択には脱帽する他ないようだ。


 その他、ケアンズで思い出す事と言えば、ピアの釣り、キュランダ、乗馬、サーカス、バンジージャンプ 、ラフティング、エンドオブザワールド(バウンサーに捕まる)ケバブ、フィッシュアンドチップス、ミートパイ、アカシアコートのビュッフェ、かもめのチャーハン、ポートダグラス、グリーンアイランド、フィッツロイ島、ミコマスケイ、ノーマンリーフ、などなど。バウンサーに捕まるって言うのは、ラッキーじゃないけど本当にラッキーだった。お店の中である事で捕まったが、警察沙汰にはされずに解放されただけだったからだ(万引きじゃないよ)。乗馬も初体験で、馬の賢さと可愛さにすっかりハマってしまったし、初バンジージャンプはマジ怖かったし、ラフティングも最高に楽しかったし、美味しい食べ物達に囲まれてハッピー極まりなかったし、グレートバリアリーフの素晴らしい海にも出会えたし、そして何より、ここで出会った沢山の人達、景色、そして友達皆んなが今でも1番重要だと思っている。この中でマジヤバイと思ったのが、ピアの釣りでの出来事だった。

 

キュランダ

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移動サーカス。ラフティング。

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釣りでナマズの毒にやられる

 

 この頃かなり釣りが流行っていた。ピアの裏の河川に船を出して餌釣りするのだが、皆んなでガヤガヤ喋りながら本気で釣りするってのがイイ感じだった。終わった後はもちろん宴だ! ある日ナマズが釣れた。キャットフィッシュとも言うが、どこが猫なのかマジ分からんが英語だと猫だ。まさかヒゲだけで言ってるのかもしれないがどうでもイイか。釣り上げて家で食べようと思いお持ち帰りに。初めてナマズを捌く事になったのだが、料理をする際に誤って左手の平の付け根部分に、トゲがブッスリ刺さり、尚且つそのトゲには返しがついていてなかなか抜けなかった。ブラブラとぶら下がるぐらいだったが、なかなか抜けなかったので強引に引っこ抜いたところ、ガッツリ中にトゲが残ってしまった。

 すると、みるみるうちに左手が大きくなって痛みも相当なものになってきた。まるで皮手袋してるみたいだ。どうやら、ココに住むナマズのトゲには毒があったらしい。夜という事もあり、病院に行くのは面倒なので腫れが引くのを待っていたが、全く引かずに逆にひどくなっていった。あ~こりゃまずいという事で、救急病院へレッツゴー! 麻酔をかけて中をチェックしてもらったが、トゲは出てこなかった。一体どこへ消えてしまったのだろうか? 未だ身体の中をさまよっているのかもしれないが、別の空間へ移動している事を願うばかりだ。

 

バンジージャンプ。乗馬。

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ミニーストリート 男4人暮らし

 

 男女の4人暮らしも途中で終わりを迎えた。ワーホリにはビザの期限がある為、ビジネスビザでも取らない限りこの頃は1年間で国外に出なくてはならない。A.K.A 「ビザの切れ目は縁の切れ目」である。この法則は、ワーホリ中の恋愛にも適応出来る。そして、女子2名が日本帰国をした後は、気の合う男4人で1軒家をシェアしたのだった。管理者は僕だった。この家は以前、友達のMちゃんが住んでいて、僕は頻繁に遊びに来ていた。その頃は女子3名で住んでいた家で、2LDKという感じだろうか。因みにMちゃんはあくまでも友達です。Mちゃんの彼氏はエンドオブザワールドのDJをしている黒人さんでした。この3人はビザではない理由でバラバラになるので、そのまま僕がこの家を受けついだという事です。

 

リビング内には何故かバイクが。自分の部屋。

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 そして途中から子猫3匹も一緒に住んでいた。「キムチ、ギョウザ、チータ!」名前のセンスは微妙だが本人達はとても可愛かった。恐らくこのネーミングはS君が付けたと思う。男4人の暮らしはマジで楽しかったが、男女4人暮らしとは全く違っていた。まあ当たり前か。皆それぞれ違う仕事をしていて帰る時間もバラバラ。冷蔵庫も棚を4分割して管理していたが、これがまた人それぞれ置いてあるモノに個性が出ていて非常に面白かった。S君、T君、K君と僕の4人だが、中でもS君の棚は、生キャベツとビーフジャーキーだけだった。どうやらお店からタダで持ってくるらしいのだが、本気でこれしか食べてなかったのだ。経費節約らしいのだが、S君はもちろん体を壊してました。

 

家にいた猫たち。バスで旅に出る仲間の見送り。

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 こんな事もあった。家の前には広いお庭があって道路際にヤシの木があった。ある日ロビーでボケ~としていると、ドアが「バコン!」と言って叩かれた。何かの襲撃かと思うぐらいだった。恐ろ恐ろドアを開けてみると…… 誰も立っていなかった。あれ? 何だ? っとキョロキョロするも何もない。おかしいな~、道路から家のドアまでは15メートルぐらいあるので誰かドア叩いたら人影ぐらい見えるはずなんだけど。っと、ちょっと下を見たら、何と~! ココナッツの実が落ちていた。え? まさか道路際の木から落ちてきて、15メートルぐらい転がってこのドアにピンポイントで直撃か? いや~そんなに転がるのかこいつは? 偶然にもほどがあるか、誰かの仕業かは今もハッキリしていないが、ちょっと気になる出来事だった。


 色々あって楽しい生活もそう長くは続かなくなってしまった。何故ならワーホリには期間があるので、その間にやりたい事はやっておかなくてはならない。この家の住人も1人づつ旅立って行って、最後には僕1人が取り残された。というか管理者なので残ったのだ。でも、すぐにオーストラリア1周の旅に出る準備をしていた。しかし、家を出る時に合鍵をMちゃんから預かっていたのだが、 6つあるはずの鍵がとりあえず4つしかなくて、尚且つそのうちの2つはどこの鍵かも分からない意味不明の鍵。あああ~何じゃこりゃ~! とにかく、数だけ合わせてコッソリ大家さんに返してみた。

 こっちで家を借りるときには、日本で言う敷金みたいなものがあって、オレはMちゃんにそれを払っていた。Mちゃんは大家さんに払っていたので、オレは大家さんからこのお金を返金して頂けるはずだったのだが、旅に出発する日までには間に合わないらしいので、旅から戻ってきたらまたここに来て返金してもらう事にした。まだこれから旅の話が続くので先に結果を言っちゃいますが、旅している間に勝手に裁判を起こされて結局敷金チャラにされちゃいました。さすがに法律には勝てないですし。後で分かった事ですが、この手のやり口はかなり多いらしいです。でも、出る前の家はかなり汚かったし、鍵全然違うし、あんまり反論できないな~。


 さて、旅の準備だが、先ずは足を固めないと! という事で2000ドルで車を購入、フォードの緑色のステーションワゴン、走行距離は既に12万キロ、珍しいコラムオートマ。全長が異様に長く、後ろの荷物置き場で3人ぐらい寝れる感じだ。この車なら寝泊りも出来るし何と言っても1番好きな緑色だ! この車は家を出る前に既に購入していて、かなり活用していた。しかし、旅に出る前に色々とやらなくてはいけない事があった。オーストラリアは場所によっては灼熱地獄でタイヤがもたないらしいが、タイヤ1本で行きたいし、だってお金ないからさ。途中で交換するのも面倒なので、旅立つ前に新品に交換して旅に出た。本当は、カンガルーバーと言うカンガルーに追突した時の為の、特殊バンパーを付けるべきだという声が多かったが、だってお金ないからさ、という事で却下した。旅立つ日のケアンズは忘れもしない大雨だった。車の中に水が溜まってたさ。どこから漏れてくるんじゃこの水は? という感じだったが気にしなかった。ケアンズでの色々な思い出に別れを告げて、この頃付き合っていた彼女とも別れを告げた。さいならケアンズ、また戻ってくるさ~。

車を買ったら先ずは立ってみる。そして写真を撮ろう

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 ケアンズでは、ユースホステル数日、ドレイパーst、アップワードst、ミニーst、マクレオドst、その他友人の家に居候などして生活していました。そう言えば、スニーカーと自転車を盗まれた事があったな~。

 

 

再び旅立ち


 ケアンズ市内から離れると一気に田舎道になって行った。民家も疎らになっていき、どんどん人の気配が無くなっていく。すれ違う車もどんどん減っていき、数時間他の車を見ないという感じだ。ひたすら林や森が続く。突如現れる広大な畑や牧場らしき空間。シドニーから北上して来た道と若干違う道を走っている。時には車を停めて、大自然の空間を味わったり、1人なので思いっきり歌を唄ってみたりと、周りに誰も居ないのでやりたい放題だ。ここで念願の野ウ◯チもしてみた。最初は誰か通らないか心配だったが、草むらで自分は見えないだろうという事と、ココでやらなくていつするのだ!今でしょ!と言う事で、爽快にやってみた。トイレの中でするのと全く違う感覚、自然の景色と風の中で用を足すのはこんなに気持ち良いことなのかと感動してしまった。トイレで感動するのも珍しいことなのだが。

 

これから一周の旅へ。周りには誰もいない。

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 ひたすら運転し続けていると辺りは暗くなってきたので、道から外れて何も無い草むらで車中泊してみた。ケアンズを離れて初の野宿。この大自然の中に人間は僕1人だった。少し怖かったが直ぐに眠りにつくことが出来た。次の日の朝目覚めると、あり得ない光景が目に入った。車全体を牛に囲まれていたのだ。うお~何じゃこりゃ~! 怖いけど面白いぞ~! ドアも開けることが出来ず、しょうがないので牛さん達が立ち去るまで車の中で待っていた。30分ほどでノソノソと移動していったので、ゆっくりと彼らを驚かさない様に車を発進させた。ここでの主役は人間ではなく、自然や動物達だという事を強く実感した。これからの旅で一体何が起こるのか? ワクワクが止まらない感じだ!


道中の景色

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ブリスベンでMちゃんと再会

 

 ケアンズを出発して南下しているので、途中ブリスベンを通る。前回の旅で、シドニーからケアンズまでは旅行したので、サラッとシドニーまでは行こうと思ったのだが、最後の家の元家主のMちゃんが、ブリスベンにいると言う手紙をもらったのでちょっと寄る事にしてみた。この頃は携帯電話やネットなどないので、コミュニケーションツールは電話か手紙が主流だ。今のネット環境や携帯電話でのやり取りは便利である反面、どうでも良い内容も多くなりがちで無駄なやり取りも多い気がする。一方、手紙などは返信までの時間差や既読されてるかも分からず、時間が止まっている感じがする。電話は相変わらず直接的にオンタイムでやり取りできるが、その時に電話に出れるかが問題だ。

ブリスベンのMちゃん。道中の景色。

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 どのツールも使い方次第だが、昔は2つしか選べなかった。なので、約束などの重みが今と昔ではだいぶ違う気がする。小まめにやり取りできない分、簡潔に用件を済ませる技術力が昔の方が数段上だったはずだ。この時は近くまで来て電話してみた。ブリスベンの地理など全く分からず、ナビなど勿論ないので、ちゃんとその場に行けるかは一か八かだ。けっこう迷ったがようやく再会することが出来て、手紙に書いてあったモノを渡すことが出来た。前回の旅同様、ブリスベンの思い出はあまり覚えていない。んんん~何故だろう? マジで興味ない町だったのかもしれない。この時、もう1人の友達をペトロシェア(ガソリン代割り勘)でシドニーまで乗せる事になった。

 


シドニー、キンクロで車上荒らしにあう

 

 3回目のシドニーでは車上荒らしにあった。ちょっと車を置いて町見物に出かけて車へ戻ると…… 。あ! 後ろの窓開けられてる! 急いで荷物をチェックした。必死に探したがオレのパスポートが見つからない。友達に散々慰められて諦めかけていた時に、偶然発見! あああ~寿命が縮んだ。すると友達の荷物から多少何か取られていたらしい。大したものではないという事なので車を発進させた。フォードのステーションワゴンは、後ろの窓が外から手動で空けられちゃうのだった。防御率ゼロなのであった。すると、友達が、「あ~!」 っと大声を出した。さっきのバタバタした時に、車の上に財布を置いていたらしい。車は既にそこそこ走っていたが、急いでその場所に戻った! 何と! 何も無かった。まあ普通そうですな。かなり落ち込んでいたが、取り合えず警察行こうかと車に乗ろうとした時に、普通に荷物から財布が出てきた。「何だよ~! 今までのこのバタバタ感は! すげ~無駄だったんじゃね?」まあ人の事は言えないのだが。とにかく一件落着であった。いや、ちょっと盗まれたか。友達とはこの町でお別れをして先へ進んだ。次はメルボルンだー!

 


メルボルン 元旦に到着

 

 あと一息というところでメルボルン到着だったが、日もとっぷりと暮れて辺り一面は街灯も無い草むらの世界。これ以上走っても町もなくお店もないので、車をその辺に停めて野宿することにした。そして今夜は大晦日。年末年始を何も無い場所でそれも1人で過ごす事になりそうだ。月も星も出ていない漆黒の闇の中だったが、自然と一体になっている感じで宇宙の一部、地球の一部のような感覚に陥ったのを覚えている。次の日。という事は元日だ。門松も初詣も、あえて言えば人もいないお正月を迎えた。ここから市街地へはもう少しのはずだったのだが、あとうもう少しで到着という時に、ライトのスイッチが熱を持ちすぎて溶けてしまった。普通ねえ~だろこの現象?結局昼間でもライトを点けっぱなしの変な車になってしまった(この頃はライト点灯の義務は無かった)。そして、電気製品もそうだが、一つ故障すると連鎖反応が出るもので、次はラジエーターがどうやらダメダメになってきた。今までは水ボトルを持って時折追加してたのだけれど、あまりの減りの早さにもう限界。この車はカッパなのかと思うぐらいに大量の水を飲んでは蒸発させていた。と言う事で、宿を探す前に車屋さんを探すことになってしまった。

 

メルボルン近郊

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 ビル建ち並ぶ街で綺麗な車ばかりの中、僕のフォード君はボロボロすぎてかなり目立っていたみたいだ。街中は、田舎道より当然の様にゴチャゴチャしていて運転しずらく、店を探しながら運転なのでチョイと緊張した。そんな感じでウロウロしていると、サクッとパトカーに目をつけられたみたいで、ジワジワとこちらの方に近づいてくる雰囲気だ。バックミラーを見ながらどうしようか考えていた。実はこの車の登録を変更してなかったのだ!車を買ったケアンズクイーンズランド州だったのだが、登録はウエスタンオーストラリアだったのだ。有名な都市ではパースである。この国のシステムは、登録している州での変更になる為、メルボルンでは出来ないのだ。ここで職質くらったら何だかヤバイ感じがしたので、パトカーから逃げる方向で考えはまとまった。って言うか逃げ切れるのかな? すかさず大通りから小道に入ると、後方20メートルぐらいにいたパトカーが同じ道に曲がって来た。こりゃ~確実に狙われている。

 直ぐさま小道を再度入り、また入りして運が良かったのかオージーの性格のせいか、振り切ることが出来たのだ。嘘の様な本当の話である。「やっぱり街中は嫌だな~早く出たいな~」と思っていたが、車を修理しない事にはこの先の旅は続かないので、再度しぶしぶ探し始めた。やっとの思いで車屋さんを見つけて、直ぐさま故障箇所をスタッフに伝えてみた。彼は「次の行き先はどこなんだい?」と聞いてきたので、自信ありげに「この国を1周する」と答えた。すると彼は半笑いというか恐らく真剣だと思うのだが、「この車で1周するのはかなり馬鹿げてるぜ」と言われてしまった。ついでにカンガルーバー付けないと死ぬぞとも言われた。だが、故障した箇所だけ治して、バーは予算オーバーなので取り付けなかった。まだまだオレは若かったのである。そして、直ぐにカンガルーバーを付ければ良かったかな?という事件に遭遇する事になる。この話は後ほど。


 メルボルンではバックパッカーを見付けて泊まる事になったが、その近くの駐車場で車のボンネットを開けて、どう見ても困ってそうな男が目に入った。近寄って尋ねるとバッテリーが上がってしまったらしい。そして彼は日本人だった。隣の駐車場に僕の車が停めてあったので、持って来てバッテリーをジャンプさせてあげた。その場で彼と別れたのだが、その後、違う街で彼と再会する事になった。出会いとは何とも面白いものだ。それがハリーとの出会いだった。メルボルンの宿には、沢山のクラブのフライヤーが置いてあり、クラブが好きな僕は、それをかき集めて夜繰り出す計画を練っていた。夜のメルボルンの町はあまり人影もなく何だか寂しい感じだったが、何処からともなくドンシャリドンシャリ!と言う感じのノリでリズムが聞こえて来る。

 

メルボルン近郊 ペンギンの穴、メルボルンの夜景。

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 音につられてそのクラブを探しまわった。やっとこさっとこ見付けたのは、狭い階段を上った2階にあるドア1枚のクラブだった。ドアを開けると2メートル近い黒人のバウンサーが立っており、すぐさまやられるかと思ったが、低い声で「どうぞ~」的に迎えてくれた。中は薄暗い僕の好きそうな雰囲気だった。音も大好物のガラージハウスでDJもかなり良く、大当たりの場所だった! ケアンズでもクラブに行っていたが、あそこはディスコの延長線上という感じだった。まあそれはそれで面白かったのだが、純粋に曲を楽しむという感じではなく、皆んなでワイワイ楽しむ感じだった。しかし、メルボルンのこのクラブは、マジでクラブだった!そうそうこんな感じを求めていたのである。

 


フィリップ島

 

 メルボルンの町から車で2時間ほどにある島で、フェアリーペンギンの大行進が有名な場所だ。近いし暇なのでちょっくら行ってみた。夕方ぐらいに到着したが、ペンギン行進は夜らしく、それまではお散歩がてらブラブラしていた。すると、道の片隅に小さい穴があって、ちょっと覗き込むと、いるではないかペンギンさんが! 想像していたペンギンとはちょっと違い、すごいちっこくてカワイイ! 明るいうちは寝ているのか穴の中で丸まっていた。そして夜になりビーチに行くと、ものすごい数の! ペンギンではなく人だかりだった。ペンギンが1匹もいないビーチで数百人がじっと待っている光景は何だか寂しいものがあるが、自然の姿を垣間見る事ができる貴重な場所だ。その為か保護はバッチリで、ちゃんとロープを張って近づけない様に管理していたりした。

 

ペンギンをじっと待つ

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 しかし、毎日決まった時間に海からやって来て陸に帰るとか、この観客の中恐怖心とかないのかな? 普通だったら場所変えそうなものだけどな~?っと思ってみた。すると、ポツリポツリとフェアリーペンギンが海からやって来たのだ。「おおおーちゃんとやって来たー!」ギャラリーのマナーもしっかりしていて、息を呑みながらみんなひっそりと楽しんでいた。海から上がったペンギン達は、陸へテケテケやって来て家に?戻って行った。ペンギンを野生で見るのはこれが初めてだ!ペンギンと言うと、南極やら北極やら行かないと見れないものだと思っていたが、まさかオーストラリアのこの地で出会えるとは思ってもみなかった。つい先日は暑いケアンズに居たというのに!オーストラリアは本当にどデカイ大陸だ!

 

 

タスマニアは断念

 

 ここまで来たら、オーストラリアの秘境の島タスマニアに行きたくなった。タスマニアデビルウォンバットなど、謎の有袋類の宝庫である。ほとんど情報を仕入れてなかったのだが、フェリー乗り場はあっさりと見つかり早速料金チェック! 人間1人と車1台分の料金が700AUSドルなり。ダメだ高過ぎる。完全に予算オーバーになってしまう。しかし、せっかくここまで来てこの島に行かないのはどうなのかと思ったがあっさり諦めた。ここで無理して、まだまだこれから続く旅に影響するのが嫌だったからだ。いつの日かまたこの島を目指して来れば良い! 久しぶりに欲を抑えた名回答を打ち出したのだった! この時ばかりは大人だったのか? いや勘違いだろう。ただ単にお金がなかっただけだ。


ベルズビーチ

 

 キアヌリーブス主演の1991年の映画、ハートブルー(Point Break)の話の件に出てくるビーチ。50年に1度ハンパない波が訪れるという事で有名らしい(映画の中の話)。撮影地はどうやらLAらしいのだが、確かにビッグウェーブの来そうな場所だった。1度ここは訪れてみたかったのだ。この映画が大好きでかなり何回も観てしまった。映画のシーンに出てきたのか分からない感じだったが、見晴らしも良く素晴らしいビーチだった。もう少しゆっくりしようと思ったが、ビーチライフをする気にもなれず、先に行きたい症候群に駆られてしまったのでここを出発する事にした。See you in the next life !


ベルズビーチ

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グレートオーシャンロード

 

12人の使徒(The Twelve Apostles)

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  ベルズビーチから海岸線を走って行くと、海は見えるがビーチは無くなり、断崖絶壁と青い海しか見えなくなってきた。絶壁に波が当たり白い雪の様な水しぶきがとてつもない高さで乱舞している。これだけでも素晴らしい景色なのだが、しばらくすると巨大な岩の造形物が次々と現れてきた。1000万年以上前に陸続きだった地形が、長年の波と風により削られ、壮大な石灰岩のアートを創り出していた。12人の使徒(The Twelve Apostles)だ! グレートオーシャンロードを走ったら必ず立ち止まってしまう有名な観光スポットである。人間では決して創る事の出来ない自然の驚異! 思わず口を開けて静止してしまう。現在では1つ陥落してしまい、11人になってしまったらしく残念なのだが、まだまだこの驚異の地形を楽しむ事が出来るだろう。

 

12人の使徒(The Twelve Apostles)

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 アデレードにもう少しで到着と言う道中で、オーストラリアでないと味わえないこんな事があった。先ほどちょっと触れた件だ。道路の脇は深い木で覆われた森だったのだが、快適に約80キロ程で車を走らせていると、左斜め後方に何やら並走してくる物体が視界に入ってきた。そのまま車を走らせて横目でその物体を確認してみると、なんとー! 車ぐらいの大きさに見える大きなレッドカンガルーだった! 「えええ~デカイくね!早くね! 何じゃこいつはー!」 だんだん距離が縮まって来て、彼は僕の車の前方をギリギリで横切り右の森へと消えていった……。僕の目はおそらく、あまりの驚きに全開に見開いていたに違いない。少しづつ車を減速してゆっくりと停車した。しばらくその場で放心状態だった。もしも激突していたら……。あの巨体には絶対に勝てない。おそらく大きな事故に繋がっていた事だろう。あ~死ぬかと思った。メルボルン車屋さんで言われた、カンガルーバーの事を思い出した。やっぱり付けようかな!真剣に考えたが、やっぱりお金が無かったので止めた。ちゃんと安全運転すればきっと大丈夫だろう! という根拠なしの解答に到達した。まだまだ若かったのである。

 


ピンクレイク

 

 運転中に突然現れた無名の湖。直線道を正面を見ながら運転していると、チラッと横の視界にピンク色が侵入した。「ん? んんん~! 」あまりの衝撃に車を急ブレーキで止め少しバックして湖に近寄ると、それは見事なショッキングピンクの湖面だった。「うわわわ~!」辺りには自分以外の生き物もいない。壮大な景色や広大な地形を目の前にした場合、人って意味も無く走り出したくなる様に思います。周りに誰かいると言う事と、歳をとったという事が条件の場合には、この現象は変わるかも知れないけれど。その時は、そのピンクの湖に向かって、「うおー!」っと走ったのだった。写真ではこのショッキングな感じは表せないのが残念だ。こればかりは実際に見ないと伝わらないだろう。写真の様に視界の一部を切り取る感じと違い、実際に景色を見た時の視界の外側に広がる雰囲気というものは、写真や動画では絶対に伝わらない事だと思う。しかし、世にも奇妙なシュールな景色であった。

 

ピンクレイク

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アデレード

 

 F1を路上で開催する有名な場所だ。閉鎖している場所もあるが少し走れる場所もあったので、レーサーの気分になって走ったのだが、この道をあのスピードで走るのは完全にクレージーな世界だと思った。ここでは、アットホーム的な感じのバックパッカーに宿を取ってみた。町外れにある長閑な住宅街の中だ。数人の日本人も滞在してるらしいが、彼らとの接触は少しにして、ちょっと街散策に出かけてみた。マーケットがあったので寄ってみる。すごい賑わいという感じではなく、ちょっと寂しげな、でも居心地の良い場所だった。多少移動で疲れたので、食料を買って宿へ戻った。宿のメンバーとコミュニケーション。そこで知り合ったのが、チャリダーH君、山男Aさん、熱い男J君だ。外人も数人いて、皆で何話したか忘れたが心地よい時間を楽しんで過ごした。

 

 皆それぞれ色々なルートで旅をして来て、色々な仕事をしており、自分にとっては貴重な情報を頂いた。情報には情報返しという事で、今まで来たルートや仕事の話などを皆に提供した。情報とは、ただ聞いた話ではなく、自分で体験して他人に伝えれるようになって初めて生きてくるモノだと思う。モチロン想像や予想なども大事だと思うが、百聞は一見、百見は一考、百考は一行にしかずだ!という事で、男3人でアデレードから北上して、オパール採掘で有名なクーバーピーディと、あの! 地球のおヘソと言われるエアーズロックに行って、またアデレードへ戻って来よう! という計画を実行した。J君は違うルートで旅をするという事だったので不参加だった。皆それぞれ自分を持ち色々なモノに挑戦していた。

 

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つづく......

 

 

次ページ「 フリンダーズレンジ とクーバーピーディ 」

 

1st Phase - Australia 02

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再びシドニー

 

 一気に予定が変更して当然目指す方向も変わってきた。「東海岸を北上してケアンズを目指そう!」 今いるキャンベラはシドニーの南西に位置している。ケアンズに行くにはシドニーは通り道なので、まあ取り敢えずシドニーに戻りますか!目指すはユースのあったグリーブポイントではなく、S君が少し住んでいたキングスクロスへ。そうです、僕がシドニー到着後にバスで終点まで行って降り立った地、キングスクロスです。もうこの頃にはこの街の噂は知っていて、大阪なら西成、兵庫なら尼崎的な感じだと思います。僕は東京人なので、あくまでもそういう印象と言う個人的な意見であります。

 しかし、S君はこの地を知り尽くしておりなんとも心強いのでありました。ここの街もそうでしたが、 洗練された街よりもどちらかと言うと、廃墟もあり、殺伐とした寂しさもあり、生活感が漂っている街並みが何気に悪い気はしなかった。でも、車上荒らしが多いらしいので、駐車した車は1時間おきにチェックしてましたけど。そして、ここで食べたドネルケバブが超絶美味しかった。東京で言うと、原宿の外れか、上野の外れかで食べるジャンクフードと言う感じかもしれないです。先ほど書いたように、英語の学校へ行くのを止め、旅をしながら英語を学ぶことにしたので、次の目標は仕事を探すことになった。まあ取り敢えず北上しようという事になった。

 


ブルーマウンテン

 

 と聞くと、大抵の人はコーヒーを思い浮かべるみたいですが、僕も全く同じでした。シドニーで出会ったワーホリの先輩(1日でも長く滞在していれば、年齢に関係なくそうなります)に、「ブルーマウンテンと言うコーヒーはこの山から抽出するらしいよ」と言われたのを、全く疑う事もなく受け入れていた。よく考えれば場所が全然違うんだけど、純情な姿が当時ココにはあったのだ。ところで、ブルーマウンテンは、シドニーから西へ80キロほどの場所にあります。スリーシスターズと言う3本の切り立った岩があり、この岩がとても有名で観光場所になってます。もちろん上まで登れます。この名前の由来は、3姉妹がお父さんに岩に変えられてしまったと言うアボリジニの伝説から来ているそうです。岩に変えられてしまうなんて、一体この3人は何をやらかしてしまったのだろうか? お父さんの大切にしていたお酒を一気飲みしてしまったのかな? あ!この頃アボリジニはお酒は飲まなかったかな。まあそれはイイとして、この岩はけっこう標高も高く崖っぷちという感じで多少恐怖を感じる場所だった。しかし、眺めは最高です。

 

ブルーマウンテンのスリーシスターズ

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 高い所から下界を眺めるというのは、人間として誰しもが感じる感動がありますね。何故でしょうね? お気付きだと思いますが、もちろんこの山からコーヒーが抽出する事は決してなかったです。キリマンジャロも山からなのか? モカはどうなる? ってな感じですね。そして、今夜のお宿は木造建築のいかしたバックパッカーにしてみました。ユースホステルバックパッカーは、生徒でいうと、優等生とちょっと不良チックな方ぐらいな違いがあります。ユースも良いのですが、僕的にはバッパ―の方が居心地が良いです。

 

 次の日の朝、宿には必ずと言って良いほど置いてあるゲストブックというものがあります。これは、この宿にお世話になった旅人達の感想が色々書いてあります。パラパラめくって読んでいると、1人の日本人と仲良くなりました。R郎としておきましょう。この時には一瞬で出会いは完結したのですが、この男とはこの後不思議な再会をするのであります。


黄昏るS君。何故かラクダがいる。

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フスハーバー

 

 山の景色とはあっさりオサラバして海岸線の道へ戻ります。シドニーの都会を離れると、周りの景色は一気に大自然で何もない世界をずっと走っている感じです。ココはイギリス系で日本と同じ左側通行です。走っている感覚は日本と同じですが、何と言えば良いのか、とにかく壮大です。畑などは先が見えない有様です。とても良い景色で、リフレッシュするのにはもってこいなのですが、あまり長時間田舎道を走っていると、何となく人工的な建物が恋しくなってきます。無い物ねだりなんですね人間って。そして思うのが、バスや電車の旅も良いと思いますが、車の旅はいつ何処でも何時間でも停車が可能という事です。そして、好きな音楽をかけながら、2人で大声で喋れるという特典付きです。

 

気になった事があるのですが、オーストラリアの幹線道路を走っていると、ビッグシングスと言う、恐らくお店の看板みたいなモノがドシン! と飾ってあります。例えば、巨大なニワトリ、巨大なロブスター、巨大なバナナなどなど。意味不明なモノも沢山ありますが、その物体が現れるたびに、車を止めて撮影会をしてました。何故って? そりゃ~オモロイし若いからです。そんな事をしながら到着したのがコフスハーバーでした。

 

ビッグコア

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ビッグオノ

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小さいエアーズロック

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ビッグバナナ

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 やっぱりバナナの有名な場所らしいのですがバナナは食べないで、小さなウィークエンドマーケットへ行ってみました。食べ物や衣類など沢山の品揃えで1日中楽しめそうな感じで、特に衣類はアジア系で初めて見るような色彩豊かなモノが多く、その中で悩みに悩んで買ったものが、ネパール産の貫頭衣的な服でした。ブルーと紫を混ぜたような色彩に、微妙に他の色が混じっていて、ちょっとした時に羽織るのに丁度良い感じがしたからでした。ここで何故かネパール製品を買うのも不思議だが、気に入ったものはしょうがないです。

 

フスハーバーのビッグバナナ

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 外人さんに声をかけられたので、つたない英語で会話してみると、ほとんど日本人はこの場所には立ち寄らないという事だった。この時には僕らは唯一のアジア人だったかもしれない。しかし、数年後からはかなり日本人の滞在者が増えた様です。この街でフルーツピッキングのお仕事でもあればイイかな~と、日本で言うところのハローワークへ行ったみたのですが、受付のお姉ちゃんにアッサリとこう言われました。「オーストラリア人の失業者が多いのに、日本人にあげる仕事などない」ハイ!その通りですね(笑)という事で、また海外線を北上する事にした。オージーのお姉さんは何だか冷たいかも知れない。

 


バイロンベイからニンビンへ

 

 到着前から、誰か忘れたが、多分R郎だったかもしれないが、バイロンベイという場所がとても綺麗なので是非立ち寄れと言っていた記憶があった。特に灯台が絶景との事だった。町自体の記憶はかなり薄いのだが、確かに灯台は到着時が夕日の時間という事もあり、シュールな景観を醸し出していた。オーストラリアの夕日は、オレンジと真紅のコントラストがとても美しかった。そして恐らく金星だと思うのだが、ポツリとその夕焼け空に浮かんでいる。それを背景にした灯台の姿は、誰が見てもウットリすること間違いなしだ。

 

バイロンベイの灯台

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 もう日も暮れていて、宿を探す気力もなく本日は車中泊する事にしようと思ったが、近くにあるニンビンと言うヒッピーの町が非常に気になり、夜ではあるのだが目指してみる事にした。バイロンベイから海を離れ、山間部の西側の道をひたすら走り始めた。途中から街灯もないワインディングロードになり、ガードレールもない為、若干、いやいやそこそこ運転は慎重になった。一体ニンビンという町はどんな場所なのか? アメリカの西部劇みたいな感じなのか? そんな思いを馳せながら車は暗い山の中へとぐんぐん走っていった。

 

 そんな中、1台の車が猛スピードで僕らの車を追い抜いて行った。「アブねーなーあの車、あんな奴ら崖に落ちちまえばいいんだ!」っと二2人で叫んだ。暫く、多分10分ほど走った先に驚く光景が僕らの目の前に現れた。なんと! さっきのイカれた車が左の崖に落ちいていた。と言うか、運転ミスで事故っていた感じだった。「マジかよ!願いが通じちゃったな?マンガみたいだな~」っと言って笑っていたのだが、ウチらは善人だったらしくこの車を助ける事にしてみた。少し離れた場所に車を止める事にした。何故かと言うと、これは芝居で襲われる可能性もあるかもしれないからだ。かなり用心しながらソロリソロリと近づいていった。車は何か障害物などに当たっている訳ではなく、モチロン燃えてるわでもなく、見た目はいたって普通だ。

 

 今にもこちらが襲われそうな雰囲気だった。すると、車の影からカップルが登場した。見るからに人の良さそうな2人とはすぐに仲良くなり、車を4人で崖から道へ押して行った。無事に車が本来の場所に戻ると彼らが質問してきた。「これからどこへ行くんだい?」「ニンビンだよ」と答えた。すると、彼氏の方が、「この時間からあの場所に2人で行ったらアブねーぞ」と忠告をくれた。彼は「僕らはニンビンの人間でこれから友達の家に遊びにく所なんだ。このトラブルのお礼に、ニンビンで一杯奢らせてくれ、その後に友達の家に一緒に遊びに行こう」っと言ってきた。強い味方ができて喜んでいたが、多少の不安はあった様な無い様なだった。まあこれも若いからアリと言えばアリなんです。と言った感じで、突然新しい展開に突入した。

 

 彼らの車の後に付いて行きクネクネ道を進んで行った。さっきまで運転していた感じとまるで違う。カーブの訪れる速さも格段に上がり、尚且つその時に感じるGもかなりのものだ。そう、彼らの運転はメチャクチャ早かったのだ。一本道だったので迷うことは無いが、後をついて行くのがやっとこさっとこだった。前方の車は消えたり現れたりを繰り返していた。どれぐらい走ったのだろうか? 緊張感漂う運転の中、時間と距離の感覚は完全にブッ飛んでいた。とにかく事故も起こらず何とかニンビンに到着した。暗い山の中に突如オアシスの様な人口の明かりが灯ってきた。町というより、やはり西部劇の世界ソックリだった。風が吹いたら藁の玉がコロコロと転がっていきそうな光景だ。

 

 目を疑う様な世界。現代でもこんな場所が残されていたとは! まあこれはちょっと言い過ぎかもしれないが、自分の感覚ではそう認識できた。車を降りると、見た感じもまさしくヒッピー的なお爺さんが、ゾンビの様に近寄って来て一言「金をくれ」っと。えええー!マジかよあり得ねえ~。タイムスリップしてしまったのかと思うぐらいの衝撃を味わった。それを見ていた彼氏の方が「あ!それはほっとおいて中へ行くよ」っとあっさり決着。すげー頼もしい! バーの中ではビリヤードをしている人達が数人いた。彼氏がウチらにお酒を持ってきてくれて、4人でカンパーイ! 人間同士の出会いって、その時々の選択で全て変わってしまうんだな~とつくづく思った瞬間だ。本当にこの軽く一杯で、この小さな町とはオサラバして、彼らの友達の家へ先を急いだ。

 

 出発してから恐らく1時間ほどでその場所に着いたのだが、やはり道中の運転は半端ないスピードだった。先ほどよりも山の中へドンドン突入しているので、道もだいぶ狭くなっていた。「すげ~コエ~」2人で何回も呟いたセリフだ。着いたその場所は本気で山の中だった。街灯など一切無い世界。おまけに月も出ておらず漆黒の闇の中だった。車を降りてその家へ向かったのだが、人生でこれほどの闇の中の山道を歩いたのは初めてだった。地面の傾斜もわからない、先を歩いている彼らも見えない、声だけを頼りにバランス感覚も全て失いながら、時には4つん這いで這い上って行った。暫くその冥界を進んでいくと、薄らと明かりが見えてきた。こんな場所で暮らしてるとかマジで考えられん。一体どんな人達が住んでいるのか? 興味と不安がグルグルと回転して頭の中をシェイクしていた。

 

 明かりが近づいてくるとだんだんと全体像が見えてきた。山の中にひっそりと佇む一軒家だった。玄関に入ると、直ぐに無線機が置いてあった。無線機からは、「ザーザーザー」と言うノイズが流れている。ナンジャコリャ? そして、何だココは? 奥には老父婦がにこやかに出迎えてくれた。旦那さんはサンタ顔負けのヒゲを従い、奥さんは小柄だが相当な覇気を従えていた。ワンピースで言えば覇王色だ。彼らと老夫婦はかなり仲が良いらしく、ハグハグしながら再会を喜んでいるようだった。という様に僕には見えた。

 

 お茶がもてなされ暫く会話を楽しんだ後、何やら順番に廻って来るものがあった。タバコの親分の様なモノだ。そう、緑の魔法だ! その廻りとは逆廻りに、1メートルほどの竹筒も廻ってきた。ボングの親分だ! その2つがグルグルと僕らの周りを廻るのだが、時に交差する場合がある。その時は二つを同時に頂き左右へと廻す。もう何が何だか分からんちん状態だ。暫くすると目の前の皆の会話も遠くで聞こえてくる様になった。視覚も非常に狭くなってきて、心臓の鼓動が早くなってくる。っと同時にその鼓動と一緒に右足がリズムを刻む。ヤバイ!非常にヤバイ! 完全に取り入れすぎだ。という時には既に手遅れ。「唇が真っ青だよ」とS君に言われて、いよいよヤバさを感じたのだった。僕の記憶はそこまでだった。

 

 翌朝起きると、昨夜とは全く別の家で目覚めていた。頭が異様にガンガンする。お酒を飲んだ時の二日酔いの様でそうではない感覚。アレでこんな風になるとは思わなかった。後で聞くと、昨日のあの家は総元締めの家だったらしく、モノも最高級品だったらしい。S君はお外に散歩しに行ったらしく、彼氏の方はいたが彼女さんは既にいなかった。「ちょっと近くの滝を案内するよ」と言ってくれたので、山道を歩くことにした。なんと! 彼は裸足なのだ。僕らはもちろん靴を履いているのだが、そこら中から魔の手が押し寄せてきた。ヒルだ!下からも上からも来る様で、靴を履いていても、靴下を履いていても、隙間から入り込みしっかりと血を吸われていた。

 

 森の中だしヒルにやられるのはきっとこのツアーに必要な設定なのだろう。それよりも、空気もきれいで大自然の中は何とも爽快だ!観光地ではないひっそりと佇む滝もとても気持ち良かった!フィトンチッド全快だ! 帰りの道中、彼が突然立ち止まった。前方数メートルの場所に1羽の鳥がいたのだ。クッカバラと言うオーストラリアの国鳥だった。存在感のあるドッシリとした可愛い鳥だった。家に戻ると、彼氏さんもこれから仕事に行くらしく鏡の前で用意をしていた。そして、驚くことに! 緑の魔法を決めてから出勤してしまった。すげ~国だなココは!と言うかすげ~人だった。彼の仕事は看護師だったのだがこれで良いのか?「ウン!コレでイイのだ!」

 

ヒルにやられながらの滝

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看板の上に野生のクッカバラ

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クーランガッタ

 

 大自然の森を楽しんだ後は、さらに北上してあのサーフィンで有名なゴールドコーストへ向かった。しかし、2人ともサーフィンをヤル気は全くなかった。ここの滞在日数は短いかもしれない。何故なら今までの感覚では、どちらかと言うと身なりも精神もバックパッカーで、チャラチャラとした雰囲気にはちょっと馴染めない感じだからだ。先ず着いたのは、ゴールドコーストの南サイドのクーランガッタ。波乗りする人には有名なキラポイントという場所だった。海では沢山のサーファーが波乗りを楽しんでいた。18歳位の頃には毎週ぐらいに波乗りに行っていたが、全く技術は向上しなかった。波乗りの世界は深くて難しいのだ。もしくは自分に合ってないのかもしれない。でも、この光景を見てしまうと少し波乗りもやりたくなってきた。キラはまだ繁華街ではないので、少しさびれた静かな場所だ。もし1人でいたらかなり寂しいかもしれない。ウッカリ俳句を詠んでしまうかもしれない。

 

道中の景色

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 多少日も暮れてきて宿を探すことになったのだが、その時後ろの方からイカツイ車に乗ったイカツイ集団がやって来た。ほぼ全員がツルツル頭のネオナチの集団に見える。「おおおー! 僕らに接触しないでくれよ~」っと思いながら通過するのをじっと待っていた。内心はもちろんドキドキだ。そして、「キキーッ!」車は僕らの近くで停車したのだった。「あああ~!マジか!」見た目はバッチリガラ悪いぞ。彼らがゾロゾロと車から降りてくると、真っ直ぐこちらに来て僕らに話しかけてきた。「何処から来たんだ?」シドニーから来てケアンズへ行くところだと答えると、「これから友達の家でパーティーするんだけど来いよ!」っと言ってきた。いやいや流石にこれはナイナイって感じで断ろうかと思ったが、何故だか直感的にオッケーサインを出していた。この直感は正しいのか? この時点ではまだ分からなかった。彼らの車について行くと、直ぐに友達の家に着き、中ではすでに数人が飲んでいた。オーストラリア人のパーティーに突然参加した日本人2名だ。しかし、予想をはるかに超えて楽しかった!ついでに、明日はここでバーベキューをやるので来いと言われた。何となくオッケー的なサインをして今夜はおいとました。

 

 次の日のバーベキューに行ったか行ってないのかは正直覚えていない。そして、クーランガッタから北上すると直ぐにゴールドコーストの中心街が現れた。サーフィンのメッカという事もあり、町にはサーフショップが沢山あった。人々も明るい格好をしていて、南国の雰囲気を存分に出していた。やっぱり、僕らはその中では浮いてしまう存在かもしれない。そんな事はお構いなしでメインストリートを歩いていた。免税店、お土産屋、飲食店の立ち並ぶ道、店の前に立っているキャッチ達は皆茶髪でチャラってる感じだ。んんん~、楽しそうだけど、やはり僕らにはあまり馴染めない町だ。この国で求めているのはやはり大自然の景色だからだ。確か、三日間でこの街を去る事になったと思う。しかしその後、2人はケアンズで同じ様にチャラケてしまうのだが……。

 

ブリスベン

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 次はブリスベンに行った。オーストラリアでは大きな都市の一つで、学生の多い場所としても有名だった。もちろんこの都市にも寄ってみたのだが、僕らの興味を掻立てるモノは何も無かったらしく、早急に退散した。と思う。んんん~、本当に本当にまったく記憶が無いんですこの街。

 


エアリービーチ

 

 メイン道路から少し寄り道して、若者に最近有名な場所エアリビーチに寄ってみた。着いて先ず最初に宿を確保して、そんなに大きい町ではなさそうなので、車を置いて歩いて探索する事にしてみた。ここもゴールドコーストらしい雰囲気があったのだが、もっと田舎の雰囲気で人々も気さくでかなり快適な雰囲気だ。ダイビングが有名らしく沢山の講習のチラシを見かけた。あるショップのダイビング講習のチラシが目に止まった。4日間で日本円で約2万円。激安だった。日本ではおそらく5万円ぐらいかかるはずだ。多少悩んでいたがS君はかなりやる気になっており、僕は仕方なくそれにお供する事になった。と言っても昔から興味はあった。直ぐさまショップの人に詳細を聞いて早速明日からスタートする事にした。必要書類の中にメディカルチェックが必要という事で、紹介されたクリニックに行ってチェックを受けた。大したチェックではなかったので二人とも簡単に取得した。明日の朝は船で近くの島に行って講習を受けるそうだ。僕らはウキウキしながら朝を待った。

 

 次の日の朝、港から島へ行く船の出発時間が迫っていた。ヤバイ! 急いで行かないと! 車に乗り込み猛スピードで港へ向かった。港へ着いて荷物を降ろし船に向かおうとする時に重大な事が発覚した。4日間の講習だが、ここから島へ毎日通うのか?もしくはその 島滞在なのかだ。とっさに僕らは「毎日島へ通う方」にベットして最低限の荷物で船に急いだ。だが、時既に遅し。予定していた船は数百メートル先を既に出発したところだった。あ~やっちまった。2人でガックリして項垂れていると、港のスタッフが来て「次の船に乗って行けばいいよ」と言ってくれた。やっぱり田舎っていい感じだな。ダイビングの講習には遅れてしまうが、何とか島へは行けそうなので一安心だ。次の船は1時間後ぐらいに出発した。目指すはフックアイランド。その船の中で日本人女性2人がいたのでちょっと話しかけてみた。この船にいる日本人はおそらくこの4人だけだろう。島に着くまで彼女達と色々話をしたが、僕らの目的はダイビング講習なのでこの時はサラリとお別れした。しかし、この先の旅でこの2人と再会するとは、この時点では全く考えていなかった。

 

 講習に遅刻して焦りながらの船上で、こんな感じで過ごしているうちに島に到着したのだが、このフックアイランドはかなり小さい島だった。「島の目の前にビーチがある」恐らくこれがこの島の全てであろう。僕らは急いでダイブショップを目指した。しかし見た目そんな感じのお店は無かった。少し探すとそれらしき掘っ建て小屋があり、看板にはダイブショップらしき名前が書いてあった。これしかないな~と思うぐらい周りには何もなかった。小屋の中を覗いてみたが誰もいなかったので、しょうがなく2人でダラダラと過ごしていた。暫くすると、海の方から3人のダイバーがこちらへ向かって歩いて来た。1人は大きい体の外人、恐らくインストラクターだ。彼に続いてノソノソと小柄な外人2人が歩いて来る。大きい外人が僕らを発見して、「遅れて来たやつだな?」と言った。僕らは丁寧に謝り少しホッとした。店の中に案内されて(小屋の中)椅子に座った。

 

フックアイランドのビーチ

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 次の日の朝、港から島へ行く船の出発時間が迫っていた。ヤバイ! 急いで行かないと! 車に乗り込み猛スピードで港へ向かった。港へ着いて荷物を降ろし船に向かおうとする時に重大な事が発覚した。4日間の講習だが、ここから島へ毎日通うのか?もしくはその 島滞在なのかだ。とっさに僕らは「毎日島へ通う方」にベットして最低限の荷物で船に急いだ。だが、時既に遅し。予定していた船は数百メートル先を既に出発したところだった。あ~やっちまった。2人でガックリして項垂れていると、港のスタッフが来て「次の船に乗って行けばいいよ」と言ってくれた。やっぱり田舎っていい感じだな。ダイビングの講習には遅れてしまうが、何とか島へは行けそうなので一安心だ。次の船は1時間後ぐらいに出発した。目指すはフックアイランド。その船の中で日本人女性2人がいたのでちょっと話しかけてみた。この船にいる日本人はおそらくこの4人だけだろう。島に着くまで彼女達と色々話をしたが、僕らの目的はダイビング講習なのでこの時はサラリとお別れした。しかし、この先の旅でこの2人と再会するとは、この時点では全く考えていなかった。

 

 講習に遅刻して焦りながらの船上で、こんな感じで過ごしているうちに島に到着したのだが、このフックアイランドはかなり小さい島だった。「島の目の前にビーチがある」恐らくこれがこの島の全てであろう。僕らは急いでダイブショップを目指した。しかし見た目そんな感じのお店は無かった。少し探すとそれらしき掘っ建て小屋があり、看板にはダイブショップらしき名前が書いてあった。これしかないな~と思うぐらい周りには何もなかった。小屋の中を覗いてみたが誰もいなかったので、しょうがなく2人でダラダラと過ごしていた。暫くすると、海の方から3人のダイバーがこちらへ向かって歩いて来た。1人は大きい体の外人、恐らくインストラクターだ。彼に続いてノソノソと小柄な外人2人が歩いて来る。大きい外人が僕らを発見して、「遅れて来たやつだな?」と言った。僕らは丁寧に謝り少しホッとした。店の中に案内されて(小屋の中)椅子に座った。

 

 すると、イントラはすかさず黒板に絵を描き始めた。水面と思える横線1本、その上に四角、その線の下に少し潰れた四角。そのもっと下にもっと潰れた四角。「この四角は空間だ。水に沈むと水圧で潰れてくるんだ!水圧わかるよな?」僕らは「あ! は、はい」イントラは「ダイビングの器材分かるか?」S君は初めてみたいだが、僕は何かで見た記憶程度に知っていた。「チョットだけ分かります」っと僕は答えると、イントラは「じゃ~この器材着けて、そして行くぞ!」行くぞ? もうこれで行くんか? あんた無茶してないのか? っという事で、海へ突入した。とにかく水中に入ったのだ。オイオイ言っちゃうのかこれで……。でもまあ結構大丈夫だった。人間ナントカなるものだ。直ぐに海から上がり、先ほどの2人の別の生徒と顔合わせをした。彼らはイギリス人だった。歳はだいたい僕らと同じようだ。英語の講習本ばかりだったが、奇跡的に日本語本が1冊あった。S君と共同でこの本を貪り読んだ。遅れて来た僕らも悪かったが、何か強行突破で海の中に沈められた感じだった。まあでも無事に1日目は終了したのであった。

 

 その夜。てっきり日帰りで島へは通いかと思っていた僕らは、この講習が4日間泊まりの講習という事にここで気付くのだった。色々遅いウチらなのだが、気付きも非常に遅いのだった。まあ英語力の低さがこの事態を招いたのは間違いない。僕らは最低限のお金と荷物で来てしまっているので、4日間のご飯代も持ち合わせていなかった。宿のレストランで普通にご飯を食べていたら直ぐにお金は無くなってしまうので、そのレストランで1番安いコッペパンとルートという赤カブみたいな謎の食べ物を購入して、パンに挟んで食べてみた。「パクリ!」まあ食べれるね!って味だった。さあこれから貧困生活の始まりだ。そして宿に帰ると、玄関の前であり得ない生き物と遭遇した。小型のコモドオオトカゲらしき生き物だ。玄関に続く階段の前にいて部屋に入る事が出来ない。一体僕らは何処に来てしまったのだろうか? 何だこの巨大生物の島は!

 

 次の日も怒涛の講習は続いた。殆どの講習内容は覚えていないのだが、唯一覚えているのが、水中でマスクを外して泳ぐ事だった。目を開けろと言われたが、かなりの恐怖で開けるどころではない。チラッと開けたが水中は魚もいない茶色い世界で益々恐怖心を煽るのだった。この状態で15秒位だっただろうか、水中なのでもちろん声には出せないが、心の中では絶叫を伴っていた。イントラはそんな心境も知らずに僕を吊って泳ぐのであった。その夜、ウチラ極貧生活チームのご飯は相変わらずルートサンドイッチだった。もう名前とか付けちゃってたりした。そんな中、イギリス人2人がかなり高等なテクニックを披露していた。海岸に行って牡蠣を取って、その牡蠣をバーベキューしている他のグループの肉と交換するというものだった。お前らナイスアイデアだよ!さすが冒険心の強いイギリス人だ。早速彼らの真似をしてマイナスドライバーを片手に、懐中電灯をもう片手に持ち海岸へ行った。岩にはかなり沢山の牡蠣が付いていたのだが、なかなか上手く採れない。失敗すると粉々になってしまう。

 

 悪戦苦闘の末、そこそこの量をゲットして直ぐさまバーベキューしている家族の元へ直行した。「この牡蠣とお肉交換しない?」お父さんらしき人は「おおお~!牡蠣じゃないか!もちろんイイよ!」という事で、僕らは今までの極貧生活から一転して優雅な生活になった。二人して久々のお肉にかじりつく「うめ~最高にうめー!」こんな事を繰り返しながら、無事にダイビングカードを取得出来る事になった。最後のテストの時にはこんな事があった。イントラが間違った答えの答案を見てずっと僕を睨んでいた。「あれ?この問題間違ってるのかな?」という具合に彼を見ると頷いている。「じゃーこっちかな?」彼は頷いている。という感じでテストに合格した。イイんかこれで!(笑)。とにかくカードは取得した。フフフ。果たして僕は、これからダイビングという世界に入っていくのだろうか? この時、ダイビングと言うものにあまり魅力を感じていなかったのだが、数年後、この業界にドップリダイブする自分がいるとは誰しも予想していなかった。

 

宿の前にいたデカトカゲ

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インストラクター&ダイブショップ?

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タウンズビル

 

 さあ、ケアンズまではあともう少し! と言っても、オーストラリアは流石にデカイ! 日本の面積の約22倍らしい。グレートバリアリーフよりも日本は小さいと言うのだからかなり笑えてしまう。次に着いた街はタウンズビルと言う場所だった。町自体に特に何があったという事はなかったのだが、かなり面白い体験をさせて頂いた。夕方ぐらいに目に止まったサッカーコート。木々が生い茂りとても気持ちの良い場所だ。ここで少しダラダラと過ごしていた。辺りは既に暗くなり、コートには照明の灯りが広がっていた。よく見るとかなり年配さんのチームのようで、すごく楽しそうに見える。これからサッカーの試合が始まる雰囲気だ。なんだかワクワクするな~、これから宿を探すのは面倒なので、このままサッカー観戦をしてこの場所で車の中で寝てしまおう! という事になった。選手達が集まり、着替えをしたりウォームアップしたりしていた。そんな中、こちらに1人の選手が近寄って来た。「君ら何やってるんだい? ちょっとメンバー足りないので試合に出てくれないかな?」っと言ってきた。「え! 本気なのかな? すごい面白そうだけど」S君と顔を見合わせて。「はい! 出ます!お願い致します」という事で、突然サッカーをする事になったのだ。

 

 2人ともサッカーは体育でやった程度だった。おじさま達は、ウチらよりはるかに年上だったのだが、体力や技術力もはるかに上だった。20代のウチらがかなりヘトヘトで、おそらく使い物になっていなかったと思うのだが、良い汗をかき笑顔も絶えず最高に楽しかった! 試合は勝ったのか負けたのかは覚えていないのだが、とにかく最高な時間を過ごす事が出来た。試合が終わり、僕らは宿に戻る事にした。宿と言っても本日の寝床は、目の前に駐車してある車の中だ。すると選手のおじさんが来て「君らどこに泊まってるんだい?」と質問して来た。「あの~この車っす(笑)、もう宿探すの面倒で」と言うと。おじさんは満面の笑みを浮かべて「よし! 最高の寝床とお食事を君らに提供しよう! 今夜はウチにおいで! もちろん無料だよ!」っと、神様みたいな提案をして来てくれた。もちろんガッチリイエスだ!断る理由が全く何処にも見当たらないからだ。シドニーを出てから、本当に色々な人達に暖かくして頂き、最高のおもてなしを受け続けている2人だった。

 

サッカーの試合、お宿、お食事。ありがとう!

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道中の景色

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 そして次の日、何と! 出発直前にお菓子などの食べ物も与えてくれた。感動で涙がチョチョギレそうだった。たまたま、サッカーの試合を見てただけで、そのサッカーの試合に出て、そのメンバーの家にお世話になり、食べ物を頂き、お土産まで頂いた。こんなドラマの様な展開がオーストラリアでは普通なのだろうか? 人間の温かさの大切さと言うものを存分に感じた出来事だった。みなさま有難うございました。

 


ケアンズ

 

 タウンズビルからは、特にストップする事もなくケアンズへ真っ直ぐに進んで行った。途中は、やはり変わることの無い大自然の景色の中をひたすら進んで行ったが、だんだんケアンズへ近くなるに従って景色が徐々に変化していった。疎らながらに人家が増えていき、疎らながらに車も増えていった。シドニーから日本列島とほぼ同じ距離を進んでやっとこケアンズへ到着した。だが、イタリア製のアルファロメオ嬢は、このオーストラリアの広大な土地の前にすでに老婆と化していたのだった。ケアンズの街中へ到着した時には「お前はすでに死んでいる」と言う、北斗の拳の言葉を思い出した。彼女、いや老婆はすでに自力で走ることは出来ず介護の手が必要だった。とうとう人の手を借りる羽目になってしまったのだ。もはや車というより、ちょっと動くイタリアンデザインの鉄の箱だ。

 

ダラダラなカンガルー

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犬とコアラ

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 1人が運転、1人が車を押す。絶対に1人では車を押しきれなかった。そんな時間を暫く過ごしていたのだが突然救世主が現れた! 以前、ダイビングの講習をする際に乗った船で出会った、日本人の女性1人が歩道をテケテケと歩いていたのだ。すかさず彼女を呼び止め話しかけると、僕らの事を覚えていてくれたみたいだった。これは天が授けてくれた思し召しとばかりに、運転手を頼み男2人で車を押した。交差点の2階にあるバーからは、そんな僕らをあざ笑うかの様に歓声が上がりメチャクチャ恥ずかしかったが、メチャクチャ楽しくて僕らも笑い続けた。到着日はそのままユースへ直行して、次の日に車屋さんへ行く事にした。

 

 ケアンズシドニーと違って、都会ではあるけどかなり田舎な雰囲気だった。しかし、ちゃんとアルファロメオのお店もあり車を見てもらう事になった。結果は……。治せるがかなりの費用がかかってしまう事と、もしかしたら車が古すぎる為にパーツが無いかも? という事だった。2人でかなり悩んだのだが、これからの事を考えるとここで手放して、ケアンズでは新しい足を購入した方が良いと言う結論に至った。今までありがとうアルファ嬢! S君はそんな中ユース脱出計画を目論んでいたのだった。以前から物件を探しに行っていたらしく、ある日一緒に下見しに行く事になった。場所はちょっと外れにあったが、静かでこじんまりとした部屋だった。たいして悩みもせずにその場所へ引っ越す事になった。

 

 荷物はお互いリュック1つなので、引越し業者も呼ばなくて良い身軽な引っ越しだ。自分のお部屋があるというのはとても快適だったが、この部屋ではかなりダニにやられた。被害状況は、背中に32箇所の噛み跡と言う数を叩き出した。痛痒くて最悪な数日を過ごしたのだが、1度やられるとその後はパッタリとやられなくなった。何とも不思議な現象だ。きっと僕の血はダニさんの口に合わなかったのだろう。しかし、この部屋も数週間で去る事になった。何故かと言うと、他の人と家をシェアをする事になったからだ。お相手はと言うと、島であった女性2名とだ。彼女たちはとてつもなく素晴らしい家に住んでいて、尚且つ2部屋の家だった。現在は1人1部屋で使用しているみたいだが、僕らを入れて4人でシェアした方が安くなるという理由と、その他諸々だった。という事で、4人のドタバタ生活がスタートした!この4人では本当に色々なところに行って遊びまくっていた。もちろん若いせいもあるので、意味不明な遊びも多かったが、メチャメチャ楽しかった!

 

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ビックリした作品

 

 話は短いですが、これは何かの繋がりを感じた出来事でした。「山玄」という高級日本食レストランがあり、そのお店の中に飾ってあった和紙の作品があったんです。これが、オーストラリアに来る前に、アート学校の方から助手として働かないか? と紹介されていた先生の作品だったのです。最初見た時には、「見覚えある作風だな?」っと思ってたのでしたが、よ~く見るとその作家先生のサインがありけっこう驚きました。あの時ワーホリを選ばず、この先生の助手をしていたら今はどんな世界になっていたのか? 違った形でオーストラリアに関わっていたのだろうか? 人生での選択というものは本当に面白い。マトリックスのリローデッドを思い出してしまう。

 

ケアンズ

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ケアンズケントス』と言う日本カラオケ屋さん

 

 とうとう、ワーキングホリデーのホリデー部門から、ワーキングの世界へ突入です。やはり仕事をしないとワーキングホリデーという名にはふさわしくないですよね。ビザの期間は1年間ですが、この期間をどうやって過ごすかで僕ら的に呼び名が違ってました。ひたすら仕事をしないで休日を過ごしている人を「ホリホリ」ひたすら働いている人を「ワーワー」仕事も遊びもこなす人を「ワーホリ」と呼んでました。もちろん正式な呼び方ではないです。この国で働ける職種は主に観光業で、ツアー会社、日本料理屋、お土産やさんなどです。就業方法は、 各お店には求人スペースがありそれをひたすら見たり、 働いてる友達から情報を集めたり、 道を歩いていてスカウトされたり、という感じです。僕は結局この3つとも経験しました。

 

 最初の仕事は求人広告からでした。日本人経営のカラオケ屋さんのキッチンです。高校生の時に居酒屋さんでバイトしたぐらいの経験しかありませんでしたが、とにかくこの時にはチャレンジでした。キッチン以外にもDJやホールなどの仕事がありました。外人スタッフもホールで数名、日本人も数名いて、DJは日本人2名、キッチンは僕を入れて3名という感じです。カラオケ屋さんと言ってもボックスではなくホールという感じす。皆の前で歌う感じです。食事はビュッフェ形式で、今考えると昔のスナックに食事が付いた感じです。以前居酒屋でバイトしていた時には、ドリンクとホールメインで、たまに焼き物をしてました。料理自体をちゃんと作った事はなかったので、ここではかなり勉強になりました。有名焼肉店からシェフがやってきて教えてくれたり、大量の食事を作る感覚、鶏肉のさばき方などなど。お遊びでマヨネーズやプリンなども作りました。他のメンバーもかなりオモロイ人達が集まっており、海外で働くという事は基本的に日本で働くのと同じですが、決定的に違うのはシステムやノリですね。ただ、日本人経営だったので まだまだ日本風だったことを後に感じました。

 

 お客さんもまばらでかなり暇なお店だったのですが、皆んな仲良く楽しく働いてました。いや遊んでいた? そんなある日の事、お店の中で玉ねぎの皮をむいていると、周りのスタッフから「何かこの店終わりっぽいよ」という噂が聞こえてきた。「まだ2ヶ月も経ってないのに何故?」暫くすると、マネージャーが店に来てバタバタしている。そして、スタッフを集めて突然の終了を宣言したのであります。突然でビックリしたけどこういう事でした。マネージャーがビザ関係で捕まった為です。あまり詳細は教えてくれなかったのですが、とにかく突然の営業停止でした。と言うか本気で終了っぽかった。最後の給料は現金で支払われる事がなく、お店にある物品支給だった。あ~マジでお金で欲しいんですけどって感じだったが、まあお店側も若干可哀想だから許してあげた。しかし、当たり前だが他のスタッフからは文句の声も沢山聞こえた。でも店は終了で現金はないという事なので(きっとあるだろうけど)、厨房にある品物を皆で分ける事にした。ジャガイモ、ニンジン、お肉などなど。僕はタマネギをどっさり頂くことにした。何と言うか、海外での初仕事はこの様に終了してしまったのは、少し寂しい気がした。という事で、早くも失業したのだった。まあでも、しゃーないっす。はい次々~!

 

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ゴールドコーストラソン

 

 何で急にマラソンなんかしようと思ったのかは、今になっては覚えていないのだが、 まあ恐らく何か思い出作りの一環だったのだろう。もしくは気の迷いだろう。わざわざこの大会の為にケアンズから遥々やって来たのだから。今までの人生でフルマラソン、42.195キロなど走ったことはもちろんなく、ろくに練習もせず、タバコも吸っていてかなり舐めたマラソンランナーだった。きっと頑張れば何とかなると言う若さゆえの油断というやつだったのだと思う。大会数日前にゴールドコーストへ到着して、軽く市内観光して、軽くランニングして大会当日に備えた。っというか全然備えていなかった。

 

 大会当日は、まだ暗いうちに起きて会場に行きゼッケンなどを貰った。そして夜明け前にスタート!ものすごい人の数で皆気合い十分といった感じだ。出だしは快適に走っていたのだが、暫くすると今まで味わったことのない疲労感がドッシリ押し寄せてきた。あ~まだまだ先は長いのにこれ続けれるのめっちゃ不安だ~。しかし前に進むしかないのだ。辺りは明るくなってきて気温もどんどん上昇していった。普通の道路を走るので見学者も多い。やっとの事で折り返し地点。そこでトイレに入り用を足し終わると、なんと! そこで片足終了。足が攣ってしまったのだ。後で知ることになるのだが、急に足を止まるべきではなかったらしい。片足を引きながら走る! いや、早歩きぐらいでゴールを目指したが心は既に折れかかっていた。

 

 道路の両脇でオージーはバーベキューしながら観戦。彼らはどの状況でもバービーなのだ!もう週末はバビバビするしかないのだ。そして僕らランナーたちに「ホラ美味しいぞ!食べて行けよ!」っとありえない勧誘をしていた。「こっちは走ってるのにそんなもん食ってられっか!しかし美味そうだな~」なんて思っていた。しかし、なんとなんと! あり得ない光景が僕の目に止まった。S君がそのバーベキューの肉に手を出していたのだ!。「マジか! マジなのか! 何か頭のトラブルなのか?」「あ~ダメだ!食べちゃ~!」という声はもちろん届かず。S君はその肉をパクッと食べた……。そして倒れてしまった。

 

 しかし無駄死にではなかった、周りの笑いを呼んだのだ! そりゃー、マラソンの途中で肉食ったら倒れるがな。しかし、S君は立ち上がりゴールを目指すのだが、既に両足は攣っていてゾンビよりも遅い始末だった。そして5時間後、2人とも死にそうな顔でゴールイン! ゴール地点で、この大会を提供している会社のコーラとネーブルが無料で配給。人生でこんなにコーラとネーブルが美味しいと感じたことはなかったぐらいだ。飢えた猛獣の様にガッツいて食べていると、なんと! 隣にはブルーマウンテンで出会ったR郎がいた。マラソンの参加人数を考えると、とてつもない偶然に感動した。こえ~ぞ偶然。お互い驚いたが食べ続けた。すごい偶然の出会いの割には、R郎とはこれでサラッと別れた。

 

 次の日。2人の足はパンパンに腫れ上がり、ただ歩くだけでも非常に辛く、ましてや階段を上り下りしようものなら激痛が襲った。動く速度はその辺のオモチャよりも遅いぐらいだった。前回はほとんど街中を見なかったが、今回は軽く観光してケアンズに戻った。ケアンズに戻ってしばらくすると、女性チームが要らないラジカセを張り紙を出して売りに出していた。その広告を見て1人の男が買いに来た。「すんませ~ん、張り紙見てラジカセ買いに来たんですけど~」なんと! それがR郎だったのだ!これで3回目の出会い。全てアポ無しだ! こえーぞ偶然。と言うか、気味悪いぞ偶然!この再再会には、S君とR郎3人で思いっきり笑ってしまった。

 

めっちゃ腫れ上がってるS君の足

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つづく...... 

 

 

次ページ 『オーストラリアンレジャー』と言うツアー会社

 

1st Phase - Australia 01

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まえがき

 

 未来を創造する事は大事な作業だと思うのですが、今まで生きて来た過去の人生を振り返り、復習しながら未来の糧になる様にする事もとても重要な事だと思いました。ただ流れて行く時間の中で生きるのではなく、自分の時間の中で生きている、「今を味わう!」という事を確認していく為、過去の記憶を辿り3つの文章にして整理してみようと思いました。

 

第1章 オーストラリア編  1st Phase - Australia

第2章 タイランド編  2nd Phase - Thailand

第3章 日本編です  3rd Phases - Japan

 

 第1章では、18歳でサラリーマンとして働いてから、ワーキングホリデーでオーストラリアに行く事になった経緯などを冒頭で書きました。オーストラリアの話だけでも良かったのですが、日本の生活から脱出して、海外生活を決意した動機を振り返るべきだと思ったのです。ケアンズで半年間働き、その後車を購入してオーストラリア一周までのお話です。かなり前の記憶を辿っているので、その時の感想など素直にそう感じているかは不明です。

 

 まあ、ザックリと楽しめれば良いと思っております。

自分の子孫は残さないので、自分の文章を残したいと思います。

少し長文ですが、どうぞお付き合い下さいませ。

 

 

1st Phase - Australia


ボンダイビーチ

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普通の生き方

 

 毎日変わらない風景を見ながら、毎日変わらない仕事をして、毎日変わらない時間へ帰宅する。生物的に生きる事に何も不満はないが、人間的に何か不満な毎日を過ごしてきた。大学へ行く価値を感じられず、高校卒業と共に就職の道を選んでみた。特にやりたい仕事ではなかったが、大手ガス会社の100%出資の会社で、設計や施工そして機器の販売などを行っている会社に就職した。職業は配管設計という少し特殊な仕事で、新築や既存の建物に対して、ガス配管の設計と見積もりを作成する。もちろん現場にも行き、環境調査を行ってから設計に取り掛かるのだが、まれに工期の迫っている物件の場合、施工を済ませてから設計と見積もりを行うと言う、順序が逆で何だか良く分からない場合もあった。既に工事は済んでいるのに、見積もりも設計も無いではないか。

 

 しかし、建築現場というものは、多種多様な業者が絡んでおり、水道やガスの場合は、菅を敷く場所に先に床を張られてしまったり、壁を先に作られてしまったりすると、施工自体出来ない場合もある。もし出来たとしても見た目が残念な外丸出しの状況になる。実用的には全く問題はないし、メインテナンスはこっちの方が断然楽だが、あくまで見た目の問題なのだろう。この様なトンチンカンな現象が発生するのは、設計が間に合わない場合に大抵起こるのだ。要は設計と施工するタイミングが重要になってくる。

 

 その他こんな事もあった。ガスの本官と言うのは道路に埋まっているのだが、その道路の所有権が原因で色々なトラブルが発生する。例えば、その道路が舗装ホヤホヤの場合、舗装してから掘削許可が出るまでに期間があり、新築の建物でもガスと水道を通すことが出来ないと言う事が発生する。その場合、水道屋さんと競合という形で、そこを管理している都や区や市などに所定の書類を提出して許可を頂くのだ。まあ、大抵の許可はこれで下りる事になる。家を建てても、ガスも水も使えないとなると、家主が大層ご立腹されるからだろう。それは当たり前の話である。この様な問題を処理する為に、ガス会社には道路許可を貰うための専門の部署がある。この人達は、常日頃から警察などに出向いて色々と大変そうなのだが、色々とメリットもあるそうだ。

 

 もっと困る事は、掘削する道路が私道の場合である。道路に面した住宅地の場合、自分の目の前の道路は他人のモノの場合が多い。これは、所有権を分散して苦情なく施工しやすい為だろう。ところが、これとは逆に完全に個人所有の道路が私道である。この道路に面して建てた他人の物件は、その所有者の許可を頂かないと掘削出来ないのである。物分かりの良い、優しいお方の場合には全く問題は発生しないのだが、稀に面倒な方がおられるのだ。僕の場合は、何回か許可を頂きにその方にお会いしたのだが、「とにかくお金を積んでこい」の一点張りだった。こうなると、こちらでは対処しかねるので、もっと地位の高い上司の出番になる。結局、自分の知らない世界でこのやり取りは終了して無事に解決したそうだが、やっぱりお金が動いたらしい。世の中はやはりお金なんだろう……。

 

 僕はサラリーマンだったのだが、ほぼ毎日朝礼には遅刻していた。学生時代にも遅刻しない日はほぼ無いぐらいの人間だったが、社会に出ても変わらずだったのだ。しかし、会社という場所は仕事重視であり、仕事であれば朝礼など関係無いのだ(ここの場合ですけどね)。何故なら、現場の仕事は直行直帰、現場調査と言うものがあり、会社の就業時間とは全く違う動きが設計者には可能だったからだ。

 

 入社したての頃は真面目に1時間半の道のりを電車通勤していたが、ラッシュの地獄の様な環境に耐えられず車で通う事にした。あのラッシュと言う現象は一体何なんだろう? 日本だけかな? あれは人の寿命を縮める苦難苦行みたいなものだと思う。と言う事で、会社まで車通勤して行くのだが、都心の駐車場も無い場所に1日中駐車していると、すっかり駐車禁止の常習犯になってしまった。今思うと、レッカー移動などを含めて数十万円支払っていた気がする。このお金を普通に貯蓄したかったな〜。あ〜勿体無い。しかし、あのラッシュと言う苦難苦行よりはきっと良かったに違いない。

 

 今なら書ける当時の仕事状況はこんな感じだ。「現場に行ってきまーす」と言って、先輩の家でゴロゴロと映画を見る。ダラダラする。17:00までボケボケして会社へ戻る。先輩ももちろん同じ会社の設計士である。本来、会社にて図面を書かなくてはいけないのだが、日中会社にいると電話応対でそれどころではなくなるのだ。したがって、日中は外に出てやる事やってから、会社の終わる時間まで外出中にしてしまう。そして、業務が終了してから図面を書きに会社へ戻る。こうすると、ゆっくり集中して図面が書けるのと残業代が付くという一石二鳥になるのであった。会社様ゴメンナサイ! こんな感じで時間の制限を感じなくて良い会社だったのでした。要するに与えられた図面を仕上げれば仕事は問題ないのである。

 

 こんな事もあった。年末の休暇を設計士全員(主任を除いて)12月28日から1月10日まで休んでしまうと言う、ほぼボイコットに近いお正月休みだ 。その時には皆んなでスキーに行っていて、1月6日辺りに主任から僕へ電話があり、「設計士全員会社に出てきてないんだけど」と言われた。もちろん全員一緒なのは極秘事項なので、体調不良を理由に電話を切った。主任ゴメンナサイ!

 

 1月11日に会社へ出社すると、机全体に山の様に新規図面がそびえ立っており、とっさに処理不可能だと思いコッソリ半分ぐらいゴミ箱へ捨ててしまったことを思い出す。先程言った様に、設計が間に合わなそうな現場は、既に施工チームによって作業は終わっているのだ。みんなゴメン許して! まだまだ思い起こせば色々あった。仕事はハードで会社へ泊まり込みといった事もしばしばで、毎日カップラーメンばかり食べていて体の調子が悪くなったことや、ある朝起きるとあり得ない時間に目覚めた事に気づき、もうスピードで準備をして会社へ出かけると、会社の門がビッチリと閉まっていた。そう、本日はなんと日曜日! なんて事もあった。かなり疲れていたのだろう。普通周りの状況で気づくって(笑)といった様な、こんな毎日を過ごしていた。サラリーマンという仕事はハードで単調でありながら、過ごし方によってはとても楽しいものだった。この様なリーマン生活を過ごしていたが、何か満たされない空虚や恐怖を感じていたのだった。若干19歳の夏だったかな。

 


若干始動

 

 ぼちぼち潮時かな? そんな事を考えながら1年半経過したのち退職願を出した。かなり引き止められたが、一度決めたら意思は固い方で全く引き下がらなかった。その後、全く同じ仕事なのだが、先輩の作った会社で片腕としてフリーで設計を行う事になった。世田谷のマンションに1人で篭り、毎日毎日僕らは鉄板の〜上で……ではなく図面の上で格闘していた。会社にいた頃と同じ仕事だが、3日間で同じ金額を稼いでいた。っが、しかし。フリーという仕事柄、収入は安定する事はなかった。そして、毎日1人という世界の中、会話する事もなくなり孤独感はMAXに達していた。仕事もあるしお金もあるし、変なストレスを感じず良いのだけれど、この生活を一生続けるのはピンとこなかった。よし辞めよう!結構あっさり見切りをつけた。


 その後ついた職業は、屋根屋さん。板金屋さんが正確なのかな? そう、職人の道へ突入したのだった。職人の世界は日給月給で、親方の元で修行しながら仕事を覚えて、定年もなく生きて行く仕事だ。サラリーマンと違い一生やっていけるお仕事。気性は荒いが内面はとても良い人たちが多く、感覚的にはこの世界の方が過ごしやすかった。会社にはバングラディシュ人3名が働いており僕の先輩になる。彼らが人生で初めての外人の友達になった。

 

 その頃のバングラディシュと言う国の僕のイメージは、かなり貧困な国で食べるのもやっとという感じだったが、彼らの話を聞いてみると必ずしもそうではなく、特に日本に出稼ぎに来ている人達はそこそこ裕福層の人達で、何年か日本で稼いだのちに母国へ帰って商売をするという話だった。彼らはとても楽しく良い人間だった。まあでも、日本と違うので、人を殺めた事もあるらしい話もしてたが……。でも良い人達だった。仕事も真面目でバリバリ出来て、 周りの人達のムードメーカーになる様な人柄だ。毎日のお弁当のご飯に、全然美味しくないと言って七味唐辛子をぶちまけていたのもかなり笑えた。沢山の色々な話をしたし、遊びもしたし、仕事も教えてもらった。

 

 暫くしてから、コンビニの店長をしていた中学時代の親友を無理やりこちらの世界へ引き込み、皆んなで楽しい職人生活を過ごす事になった。普通、職人世界は日曜日が休みなのだが返上して働き平日休暇を取っていた。平日はどこに遊びに行くにも人混みもなく快適に遊べた。その頃の冬は毎週の様にスキーに行っていた。前会社でもスキーに行っていたが土日が多く人混みの中だった。しかし、平日のスキー場は休日と全く違い、完全にパラダイスだった。!

 

 ところで、ここでの仕事は屋根屋なので屋根張りや雨樋付けが基本なのだが、その他にサイディングと言う外壁の施工なども行ったし、高所での溶接のお仕事もした。その後は型枠大工のお仕事もした。とにかく、この2つの職業で釘打ちが上手くなったのは間違いない。

 

 きっかけはよく覚えていないのだが、そんな中でアートに興味が湧くようになった。もしかしたら、音楽が好きだったのでレコードジャケットから美の道が発生したかもしれないし、今考えると職人という仕事はアーティストと変わらないので、そこからかも? まあとにかく興味を持ってしまったわけである。そこで、アートの学校に行きたいと思い、その頃流行りの『ケイコとマナブ』と言うお習い事バイブルを読み漁りスクールを探した。と言っても制作する方ではなく知識の方に興味があった。アートの学校は選択肢がかなり少なかったので、あっという間に探すことが出来た。働きながらでも行けるコミュニティスクールで、「画廊運営論」と「アメリカ現代美術作品作家論」と言う2つのクラスを受ける事にした。ここで出会った人達が、僕のこの先の運命を決める事になるのだった。

 

 

アートスクールからワーホリの道へ

 

 画廊運営論は銀座の画廊で働いているTさんと言う女性が講師で、現代美術の方は、現代美術作家のMさんと言う男性の講師だった。どちらのクラスの生徒もすべて女性で、男は僕1人だった。紅一点とは反対の黒一点だった。僕より年上でお姉さまばかり、経歴も多種多様で個性に飛んだツワモノメンバーだった。講師の先生もクラスメートもかなり楽しく、プライベートでもよく遊んだ。一緒に画廊を見に行ったり、歌舞伎を見に行ったり、アートについて語ったり、もちろんお酒もよく飲んだ。そして、スクールを通して作品の手伝い、作家の方の家の庭に行って竹の子を掘ったり、美術館の館長の案内での美術館見学など、本当に沢山の事をここで経験し学んだ気がする。

 

 職人の僕を高く買ってくれたのは現代美術の先生だった。この髭ずらのおっちゃんは、サンフランシスコで活躍していたアーティストで、テレビやらにも出ていたらしいのだが、とにかく面白い人だった。「アーティストがやっている事は、基本的に職人さんと変わらないんだよ」っと言ってくれていた。この人の授業のおかげで、この後10年間も意味の難解さに手こずったヴィトゲンシュタインを知ることになる。ところで、この先生の作品自体はあまり売れなかったみたいだ。しかしかなりストイックな方で、子どもを産むために10年間も射精しなかったと言う筋金入りの変態だ。人生がアートしている人だな〜とその頃思っていた。いや、アートとは人生そのものなのかも知れない。っと思ってもみた。世界に4枚しかないという彼のシルクスクリーン作品を、僕の誕生日という事で無理やり頂いた事もある。ちゃんとまだありますよー。

 

 ある時、お姉さまの1人と自宅で飲んでいた。この人はオーストラリアに行った後ニューヨークへ行き、そして日本へ戻って来た経歴があった。この頃の自分では考えられないような経験をしていたのだ。まだ海外も飛行機も未体験だったし。そして、この時に見せられた写真が衝撃的だった。それはオーストラリアの写真達で、今まで見た事もないような景色の数々であり、日本の景色とは全く違うものだった。その写真に写っている人達の、心の底から湧き出してくる様な本気の笑顔や、手付かずに見える大自然の偉大さなど、感動と言うより衝撃! こんな空間が地球上にあるんだ! 心にドカンと来たもんだ。これは人生の中で絶対に知らなくては損だ! と言う強い思いに駆られた。そんな写真や話の中で、ワーキングホリデーという制度を初めて耳にしたのだった。「よし! 絶対に行く」良く分からんけど絶対に行く! 先ほども触れたように、一度決心したら意志は固い方なのだ。

 

 それから2年間お金を貯めて、初海外旅行&初長期滞在への旅に突入するのだった。行くと決めてからと言うもの、全く遊ばず仕事と帰宅の日々を繰り返し少しお金が貯まった。これも家族がいて、衣食住に困らなかったからであり、この助けがなければとても叶わない計画だった。家族とは本当に有難いものだ。家族にはとっくの昔にワーホリに行くと言っていたのだが、本気で行くとは思っていなかったらしく、出発の数週間前にはかなり驚かれた。母親はかなり心配していたみたいだが、父はどちらかと言うとオッケーな感じだったと思う。しかし、さすが自分の親だった。最終的には揉める事も無くすんなりOKを頂いた。まあでも、もし自分が親だったらやっぱり心配だろうな?

 

 ところで、ワーホリのビザ申請の際に大使館に行くのだが、その時に前で並んでいる女の人が辞書が無くて困っていた。何気なく貸してあげたのだが、これがきっかけで仲良くなり、たまに会って遊んだりした。これってナンパなのかな? その際に、既にオーストラリアのボンダイビーチに住んでいる彼女のお友達を紹介して頂いた。その女性の名前は今でも覚えている。かなり綺麗な人だった。結局その女性は結婚するとかでワーホリには行かずになってしまったのだが、良いつながりを教えて頂いた事に感謝感激だった。

 

 そんなこんなの初海外で、何を持って行って良いかも分からず、取り敢えず60リットルのバックパックと寝袋を買い、何故か持っていかない冬服と、これまた絶対に持っていかないテクニクスのMarkIIIと言うターンテーブルを初クレジットカードで衝動買い。自分でも何やってるのか意味不明な行動だった。若いと言うのは本当に羨ましくもあり、本当に恐ろしい事だ。そして、日本の友達に今生の別れと思うぐらいの送別会をしてもらったり、身近な風景を自分の記憶の中に刻み付けたりと、毎日がしっかりと自分の中で消化されていく感じがしていた。最後家を出る前に母のお守りを持ってとうとう成田空港へと出発した。

 

 

出発

 

 初の成田空港、緊張しないわけがない。尚且つ初海外旅行なのだ。これからの旅がどう楽しくなるかより、不安と緊張で爆発しそうだった。飛行機に乗るのも初めてだし空港自体も初めてなわけで、どこに何があるのやらさっぱり分からず、本当に今考えても恥ずかしい限りだったが、あの頃はとにかく必死だった。自分の中でものすごい不安に襲われていたのだが、その反面これから何が起きるのかも楽しみだったのかもれない。とにかく何とかなるという気持ちで飛行機に向かった。そして、想像していたよりも狭い通路を通って座席に着いた。座席に座ると、隣は外人っぽい綺麗なお姉さんだった。今考えると飛行機は別に特別な乗り物だと思わないが、当時の自分にとっては、飛行機と言うものは特別な人ぐらいしか乗らないんじゃないかと言うくらい、乗り物としては別格の物だった。もう心臓はすでにバックンバックン。これから1年間は日本に戻って来ないかと思うと、ちょっと切ないし、これからオーストラリアに行くかと思うと、間違いなくワクワクしてるし、今までに味わった事のないような気持ちでいっぱいだった。

 

 そんな事はどうでも良いと思うくらいに、飛行機は定刻どおりに日本の土地をジワジワと離れていった。今でも思う事だが、飛行機がグングンスピードを上げていって飛び立つ瞬間というのは、人類は本当にトンデモない物を造ってしまったんだなとつくづく感じる瞬間だ。そしてものすごく気持ちの良いものでもある。これがあるから飛行機が好きでたまらない。この頃は、今よりも感動の度合いはものすごく大きいものだった。そして、他の乗り物と違う事として、飛行機は機内食があるということである。なんとも嬉しいサービスだ!人によっては、この機内食の良し悪しで乗る飛行機会社を決めている人もいるぐらいだ。きっと飛行機会社もこれに関してはかなり悩んでいる事は間違いないだろう。この時はもちろん初めての機内食で、予想通りちょっとした恥ずかしい事件があった。

 

 外人さんのCA(当時はスチュワーデスと言ってましたね)がジワジワと何やらお客さんに聞きながら近寄って来ている。いったい何を話しているのだろう。もちろん僕は英語なんかはっきり言ってよく分からない。どんどん近寄ってくるCAにだんだん恐怖すら感じてきた。あっという間に僕のところに来て、なにやら話しかけてきたのだが良く聞き取れず、「もう一度」と言いながら、今度はよ〜く聞いてみた。「チケットは持っていますか?」「あ! はいはい、ちょっと待ってくださいね!」と出そうとした瞬間。隣の女性が日本語で、「魚と鶏肉どっちがいいかって聞いてるよ」と言ってきた。な! なにー! まずは、この女性が日本人だったんだ! と言う驚きと、チキンとチケットと聞き間違えていたんかい! というダブルショックで、ボディー&アッパーカットを頂いた様な、立ち直れるか危うい良いパンチを受けてしまった。その時はスーパー恥ずかしい事だったが、今となると笑い話の一つになってしまっている。

 

 隣の人は日本人だったんだと言う事が分かってからは、緊張が一気に緩んで安心したせいか喋りまくっていた。この人は、横浜のミキさんという人で、行き先はロンドンだった。経由地のクワラルンプールまで一緒で、その後はお互い違う飛行機で目的地はバラバラだった。この人は頻繁にロンドンへ行っているらしく、行く道中で毎回の様にオーストラリアのワーホリへ行く若者が困っている時に、愛の手を差し伸べているという事だった。機内で色々な事を話しているうちに、あっという間にクワラルンプールに着いてしまった。空港に着いた瞬間に、ムワンという熱気が体を覆った。日本の夏とは少し違う熱さだ。サウナに入っているような気がしてきたが、とにかく空港の座れる場所に直行した。

 すると、ミキさんがいきなりズボンを脱ぎ始めた。もちろん他の人もいる前でだ。目の前に居る僕は本当にビックリしたがすぐに分かった。すっごい頭の良い人だなと、もの凄い感心したのを覚えている。脱いだ下にはスパッツを履いていたのだ。ミキさん曰く、「ここは熱いからこうしておくと便利なんだよね」さすが旅慣れている人の行動だと思わず感動もの。自分も早くこういう人間になりたいものだと心の中で誓ってみた。ミキさんはここで5時間ほど待たなくてはいけなかったが、僕は3時間ぐらいだった。ストップオーバー出来たので市内にも行けたのだが、自分の今の力量ではきっと戻って来れないと思い、2人でやはり喋り捲っていた。ほとんどミキさんの話を聞いていたが、なんと!この人はイギリスへ亡命希望だった。

 

 兎にも角にも、あっちで住みたいとの事だった。マジで熱い人だったので、もし探せる事なら今すぐにでも会ってお礼を言いたい気持ちで一杯だ。僕はこの人にこの時もし出会わなかったとしたら、これから訪れる色々な出来事に立ち向かえなかったんじゃないかと思う。だが、彼女を探すのにはあまりにも手がかりが少なすぎる。横浜のミキさんしか聞いていないからだ。今頃うまくやっている事を祈るばかりです。ありがとうございました。人生の中での人との出会いと別れには、色々な因果関係があると思うが、嬉しくもあり切ないものでもる。心に残る人と言うのは、共有する時間の長さとは必ずしも比例しているとは限らない。

 

 

メルボルンでの事件

 

 ミキさんとはここでお別れをしたのだけれど、僕には彼女がものすごく頼もしく見えたので、本音を言えばもうちょっと一緒にいたかった。しかし、これも避けれない道だと思い次の難関に向かう事にした。マレーシアから飛行機で数時間でシドニーかと思いきや、まずはメルボルンらしかった。てっきりシドニーに行くのかと思っていたけど、なんだか違う様子だった。自分の行く経由地すらも良く分かっていなかったらしい。本当にこの先大丈夫なんだろうか? と頭によぎったが、若かったせいもあり、とにかくあんまり難しい事は考えていなかった。と言うか考えないようにしていた。

 メルボルンに着くと、何やら人間たちが動き始めたのでちょっと不安になったのだが、ここで降りてはいけないのだ。行き先はシドニーなんだ。なんて思っていた。後から考えるとかなりおバカでしたが。そんな感じで頑固に席に座っていたのだが、後ろの席に座っていた多分中国人のおばちゃんが何か言っている。言葉自体は良く分からないのだけど、ジェスチャーで、「私の荷物を運ぶの手伝え」と言っているらしかった。もしかしたら敬語だったかもしれないが、その時は命令系に聞こえた。かなりカチンときたが、こんな事で怒っていてもしょうがないので、善人を装い満面の笑みで荷物運びを手伝ってあげた。飛行機を出て、空港の入り口で何やら券を配っていたのだが、またこの飛行機に戻って来ると思って券を取らずに進んで行き、おばちゃんに荷物を渡して飛行機へ戻る事にした。

 ところが、さっきみんなに渡していた券を持っていないと言う事で入れない。オマケに僕のバッグはまだ機内に置き去りのままだった。オージーのCAのお姉ちゃんに、自分でも分からないような英語で、「僕のバッグはまだ機内なんだ」と言ってみたのだが、案の定、全くと言っていい程通じていなかった。残る戦法はと言うと、とにかくまくし立ててみた! 大げさなジェスチャー付きで。かなり真顔だったせいか何なのか、とにかく僕のバッグが機内にあるんだということが理解してもらえた様だ。しかし券が無いからやはり機内には入れないと言った風な事を体で示された。僕の中では、別に硬いこと言うなよ! という感じだったので、このお姉ちゃんには本当に参ってしまった。


 しばらくこんな調子で終わりの無い戦いを繰り広げていると、機長がやって来てこのやり取りを見た。「オイオイお前らどうしたんだ?」と言うような感じで話しかけてきた。まずは姉ちゃんがまくし立てていきさつを機長に話した。その後「君何人?」と聞かれたので、「日本人です」と言ったら、「別にいいよ!取りに行きなよ。」だとさ。今まで揉めてたのはいったい何だったのだろう? 特にあの姉ちゃんは何だったんだろう? 最後は舌打ちして僕をにらみやがったし。とにかく早くバッグを取りに行く事を思い出した。

 機内にはお客さんの姿はなく、掃除のおばさん達だけだった。ヤバイ! 荷物無くなってるかもしれない。と一瞬頭をよぎったが、僕はよほど運が良かったか、もともとこういう国なのかは分からないが、バッグは元の位置にそのまま置いてあった。「ヨッシャー!」おばちゃん達は不思議そうに僕を見ていたが、見事クリアーして空港に戻っていった。もちろん今度はちゃんと券を貰って。でも、本当はダメだったんだろうな〜。機長がたまたま良い人だったのと、お姉ちゃんの権限では無理だったのだろう、なんて思ってみた。まあとにかくクリアーしたのだ。


 実はここでみんな降りなくてはいけなかったらしくて、結果的には自分が悪かったのだ。初めての1人ぼっちの海外旅行、初めてのオーストラリアの空港、自分以外の周りはみんな外人、今までに無い感動と不安で、頭の中はどんどん真っ白になっていった。こんな感じのまま又飛行機に乗り、いざ目的地シドニーへ飛び立った。外は夜だった為か、心ここに在らずだったせいか、窓からの景色は全然見えなかった。

 

 

シドニー到着

 

そもそも、オーストラリアには何しに来たのか? 何の為に来たのか? 目的を持たずにただ来てしまった為か、シドニーでの行き先は、ザックリとしか決めてなかった。ユースホステルに行こう! グリーブポイントという地名の。空港からは取り敢えずバスに乗って市内へ行く事になったのだが、やはり英語も分からずなので降りる場所も分からず、結局終点まで行ってしまった。その終点の場所が、≪キングスクロス≫ と言う悪名高い場所だったことはその時には知らなかったのである。降りた途端に物乞いに会う。ひたすら歩いて宿探し、グリーブポイントにあるユースホステルに行く予定なのだが、道に迷ってと言うか地図と自分の居場所がよく分からなかったので、多分4時間位同じ様な所をブラブラしていたんじゃないかと思う。大きい荷物を背負って都会をウロウロ歩いている姿はかなり滑稽だっただろう。タクシーに乗ってしまえば楽だったのだが、まだ旅の始まりで無駄使いをするのはどうかと思い、ひたすら歩き続けた。

 

シドニーのオペラハウス

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​ ディーパックに大きな寝袋を付けて、ひたすら歩いている日本人を気の毒に思ってかは知らないが、綺麗なオージー(オーストラリア人)のお姉ちゃんに声をかけられ、「あなたはさっきから何処に行こうとしているの?」と英語で言っている様に聞こえたので地図を見せてみた。すると、いきなりタクシーを捕まえて運ちゃんに「ココよ!」と言いながら僕は車の中に掘り込まれた。「オイオイ、タクシーのお金をケチって今まで歩いていたのにこれじゃー意味無いじゃん! だったら最初からタクシーを使えば良かったよ! 」と思ったが、お姉ちゃんの優しさに負けて乗り込んじゃいました。人の優しさに答られるときには答えておくのもたまには良いよな、なんて思ったりして。と言うか、すでに疲れ果てていたのだった。足ガクガクじゃ。

 

 

YHA(ユースホステル・グリーブポイント)

 

 ここに来るまでの所要時間は、無駄な時間の大安売りをした様に見えたが、この苦労はきっと無駄にならない筈だ! と自分に言い聞かせてみた。まあでも、結局笑い話にしかならなかったみたいだが。ユースの入り口に入ると、本当に色々な人種の人がいるものだと初めて感じた。もちろん飛行機の中でも色々な人種の人がいたが、もっともっと親近感があるのだが、それでいて言葉が違うと言うちょっと不思議な感覚だった。同じ匂いを持っていると言うのが合ってるかも。ザワザワした中で暫く何も喋らず様子を伺ってた。受付の男性はどうやら日本人らしい。英語を巧みに使い沢山の国のお客さんに対応していた。この頃の自分にとって彼はかなりカッコ良く見えた。混雑する中タイミングを見て、藁にもすがる思いで宿泊出来るかを彼に聞いてみた。彼は快く応対してくれて、今晩の寝床を確保することが出来た。ドミトリーというシステムも初めてで、貴重品とか大丈夫かな? とかなりの心配具合だったが、とにかく寝床があることはとても心を落ち着かせてくれるのだった。そして部屋に行って荷物を置いた。旅をしていてやっと宿が見つかった時は、何とも言えないホッとした感がある。


 まずはこのユースホステルの探検だ! 部屋に入ると2段ベッドがビッシリ収まっていた。下段のベッドは満室だったので上段のベッドに寝る事にした。キッチンはみんなで共同、冷蔵庫もみんなで共同、トイレもシャワーもみんなで共同。とにかく皆で共同なのだ。ドミトリーってヤツですね。色々な人種の人が沢山いて、それぞれ気ままに過ごしている様だった。僕はといえば、かなり緊張していたんじゃないかと思う。それと疲れていたので少し寝てみた。しばらくして、やっぱり人恋しさと言うか、誰かと話をして色々な情報を集めないとダメだと思い、小心者爆発、ユース内にいる日本人を探しに行ってみた。時間的にもお食事タイムだったのでキッチンに行ってみた。沢山の人が居る。一人で食べている人、皆で作って食べている人達など、様々なスタイルだったがみんな楽しそうだった。

 ユースは共同のキッチンを使い自炊なのだが、先ほど到着したばかりで何も持っていないのと、全ての勝手が分からずだったので、少しボ〜っとしていたが、勇気を振り絞って日本人グループの作っているお好み焼きに狙いを付けて話しかけてみようと思った。しかし、なかなか話しかけずらかったのを思い出す。そんな事を考えている僕を察してか、日本人グループが声をかけて来てくれて、「皆んなで食費をシェアして食べませんか?」と言う、神の様な言葉をかけてくれた。もちろんイエスだ!それも即答だ!その時には色々なシドニーの話を聞いた。旅をひたすらしている人も、既に働いてる人もいて、本当に涙の出る様な情報を教えてくれた。冷蔵庫のシェアの仕方、貴重品の管理の仕方、美味しいお店や買い物する場所など。皆とても親切に新参者を受け入れてくれ感謝の言葉しか見つからなかった。そこで南十字星を初めて見て、ニセ南十字星というものがある事も知った。


 どうなる事かと思ったが、この日の夜はご飯をちゃんと食べる事が出来て幸せだった。もちろんぐっすり眠る事も出来たのだが、この日の夜中に2階のベッドから落っこちたのだ。運良く自分の荷物の上に着地した、ニャンパラリンって感じで!突然の出来事で自分自身でもかなりビックリしたが、怪我がなくて本当に良かった。朝起きると皆に心配された、と言うかバレてるんか!めちゃめちゃ恥ずかしかった。しかし、もし荷物が無かったら…… 僕の旅はこの時点で終了していたかもしれなかった。


 次の日の朝は少しゆっくりめに起きた。タバコを吸いに1階のロビーらしき場所へ行き、2つの椅子のうちの1つに座ってゆっくりタバコに火をつけた。隣に座っているのはどう見ても日本人だったが、お互いしばらくはタバコを吸うのに集中していた。後で分かる事だが、このとき2人とも「これからどうしようかな〜?」って思っていたらしい。でもお互いの存在は気になっていたらしくほとんど同時ぐらいに喋り始めた。どうやら彼はすでに車を持っていて、そして盗まれて、そして最近発見されたらしかった。バタバタが解決した後でけっこうご機嫌さんだったのだ。

 その車を見にガレージに行くと、数人の日本人と友達になり、そして少しずつだが、シドニーやワーキングホリデーで来ている人達の生活などを垣間見ていった。同じ日本人で、とある海外の、とある街で、ある時間を一緒に過ごした仲間というのは、日本で色々な事があったにせよ、とても貴重な出会い方だと思う。みんな自分の可能性に賭けて、オーストラリアにチャレンジしていた。2人で色々話し合った。自分も先の事を多少は考えていたが、やはり語学の重要性が頭を過ぎり、英語の上達の為に英語学校に行くべきでは? と言う意見が一致した。「じゃ〜早速一緒に旅立ちますか!」という事になったのである。車代を半分支払い、あとはすべてシェアすると言うルールで。その時に出会ったS君とはこの先色々あるのだが、生涯の親友として今でも付き合っている。

 

S君 シドニーのYHAにてS君

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旅立ち

 

 S君は、黒い革ジャンを着てがっしりした体型だ。何処となく赤井英和に似てるかもしれない。バリバリの大阪弁で明るく、後ろを振り返らないタイプに見える。ここでは色々な地域の場所から来ている日本人が沢山いるが、それ以上に色々な国から来ている人も多いので、どこ出身という疑問はそれほど重要視されない。今まで経験したことのない人種の坩堝は、特殊な雰囲気で皆がフレンドリーなのだが、皆それぞれ自分の中にある何かを輝かせており、何故か、より一層孤独感を味わうと言う、ちょっと複雑な気持ちになるのだった。車の方は、イタリア車の老舗アルファロメオ! けっこう古いタイプだが、最近の丸みを帯びたフォルムではなく、ハコスカの様に角張っている。僕は昭和生まれなので最近の曲線デザインはあまり好きではない。ハッキリと方向性のある直線で、とても可愛い赤い娘さんだ。恐らく気性も真っ直ぐでオテンバなはずである。


 旅立つ前に行く所があった。日本でビザを取る際に出会った女性の話をしたが、そこで教えて頂いた彼女の知り合いと会いに、ボンダイビーチまで行く事だ。道も不安だったのでバスで現地まで行き電話連絡をしてすんなり会うことが出来た。日本だったら警戒してかなり困難な他人との知り合い方だっただろう。でも、海外だとそんなに特殊ではないらしく色々と情報を教えて頂きとても良い男性だった。シドニー滞在が2週間ほどになった頃、2人は大都市を後にしてまだ見ぬ広大なオーストラリアの大地へと旅立って行った! まず目の前の目的は英語の学校探し。シドニーでも星の数ほどあるのだが、やはり大都市なので値段がかなり高い。多分地方へ行けば安くなるのではないか? と言う全く根拠のない理由を2人とも信じていたのだった。

 

アルファロメオ

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キャンベラへ

 

 オーストラリアの首都は? という質問に、大抵の人はシドニーと答える。自分も最初そう思っていたが正解は……「キャンベラ!である」ん? 何処だソレ?って感じですよね。シドニーから南西へおよそ300キロとまあまあ近いので?色々見ながらこの首都キャンベラという場所で学校を探してみようという事になった。キャンベラへ行く途中に海が現れた。ビーチの長さは見えないぐらいまで続いていて、そのビーチには誰もいない寂しい感じがしたのだが、この国の大きさも同時に実感した。空は雨が降りそうで降らない曇り空。僕はこの様な雰囲気が好きだ。晴れではなく曇り空、コバルトブルーの海ではなくどちらかと言うとドス黒い群青色、しかし砂浜は真っ白って感じの風景。この様な風景を見ると必ず思い浮かべる曲がある。日向敏文さんの「サラの犯罪」というアルバムの中の一曲。このアルバムは、僕の人生の中でもヘビロテ率ナンバーワンです。


 キャンベラに着く前に車の中で2人で決めたルールがあった。「今から会話は全て英語にしよう!」と言うものだ。スゴイありがちだが、英語を習得するという情熱的なアイデアだった。「さあ、今からだよ、日本語喋ったら罰金ね」「How are you ?」「I'm fine thank you」「……」「……」今まで車内で散々話していた2人だったが、一気に沈黙の世界へ突入! 「ダメだー、やめよう」「あ~日本語喋った!罰金だ」いやいや、これは精神的に絶対に良くない! と言うことでお互いに納得。あっという間にこの素晴らしいアイデアはお蔵入りになりました。めでたしめでたし。

 

 

発明おじさん

 

 キャンベラに行く前に寄った場所があった。シドニーの飲み屋さんで会ったおじさんの家だ。S君がバーで意気投合して飲んだ結果、「旅の途中に俺の家に寄りなされ」と言う事だったので早速行く事にした!おじさん家の周辺は、絵本に出てきそうな風景の場所で、家族全員でお出迎えしてくれた。日本人で言うと関西人みたいなノリのとても良い人で、何だか怪しい発明が趣味らしかった。オーストラリアは土地もデカイが人の心も相当デカイ! 食事も頂き最高のおもてなし。そこに小学生ぐらいの息子君がいたのだが、「朝食のパンにこれ付けて食べると美味しいよ!」と言うので、そのチョコレートらしきモノをパンにべっとり塗って食べてみた。「うわ~ナンジャコリャ?」お味噌みたいな味の謎の物体で、ちょっと好きになれない味だった。これが、かの有名なベジマイトとの出会いだった。

 

長閑な風景

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 外国にはよく分からん食べ物があるんだな~っと思ったが、日本の納豆も人の事は言えないかも。庭に出ると、おじさまの最大の発明品が置いてあった。自転車をこぐと電気が作れる仕組み。自転車の先からはコードが伸びており、その先にはテレビが置いてあった。自家発電機! おっさんマジか!最高に楽しい人だ。 早速こいでこいでこぎまくる!かなりの力でこいでやっとテレビがほんのりついた。「やったー!」でも、このマシーンで電気を作るたびに、人間1人ダメにしそうだけど的な発明品だった。ココを離れるのは寂しかったが、旅はまだ始まったばかり、先に進まないと! という事で、チャンスの神様は前髪しかないが、この時は旅の神に後ろ髪を引かれながら、このファミリーの元を去って行ったのだった。発明おじさん、そして家族の皆さま、ありがとうございました。

 

キャンベラの発明おじさんの自家発電テレビ

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発明おじさんの家族。ありがとうございました!

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キャンベラ到着

 

 周りの風景を楽しみながら、英語ではなく日本語の会話を車内で楽しみながら、オーストラリアの首都シドニー! ではなく、キャンベラに到着した。キャンベラは区画整理された本当に綺麗な街だった。日本の首都東京と違って全く賑やかではなく、厳かな感じの街だ。 歴史資料館など見に行ってしまったりすっかり観光気分。しかしココはものすごい寒い。宿を見つけてホッとしていると、何やら謎の日本人と出会うことになった。名前はノミさん。もちろんニックネームだ。いかにも勉強できそうな面持ちで、奨学金でここの学校に通っている見た目通りの間違いなく勉強できる人だった。泊まり客は様々な人種がいたのだが、このノミさんの英語はお世辞抜きでベラベラだった。外人相手にギャグを言って相手を笑わせていた。僕らの中では念願の奥義、「外人を英語で笑わせる!」技をすでに修得済みだった。すげー羨ましい。どうやったらこの域まで達する事が出来るのだろうか?

 

キャンベラ

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 次の日の朝目覚めると、辺り一面は白銀の世界 「おおお~!雪だー! すげー綺麗だー!」 っと喜んだのだが、そうでもいられなかった。すぐさま車を見に行った。すっかり白の塊の中で埋もれているお姿になっていた。エンジンは? あ~かからない。ラジエターの冷却水が凍っている。宿に戻りお湯を頂き、直接エンジンにブッかけてみた。しばらくは全く微動だにしない。お嬢様はほぼ凍死寸前だった。ここで車の旅は終了してしまうのか…… いやいやまだ出発したばかりじゃないか! 2人で真剣な顔で車を見つめていると、ブルルル~ブルルル~ブオーン!キター! 生き返ったー! 僕の心臓に毛は生えてないんだよ、ヒヤヒヤさせないでくれよお嬢さん。白雪姫はキスで、このお嬢さんはお湯で目覚めたのだった。


 キャンベラの山にはこの時期少し早めの雪が降っているらしく、車で1時間程のスノーウィーマウンテンという場所に遊びに行ってみた。360度のスッキリした視界。地平線と岩石群と白い雪。全てが調和していて解放感全開の景色はとても気持ちの良いものだ。空気もきれいで美味しく、思いっきり深呼吸をしてしまう。もっと雪が降ればスキーも出来るらしい。近くに宿をとり、すっかり日も暮れたベランダに出ると、メルギブソン的な外人が僕らに、「あそこ見てごらん」っと言ってきた。数メートル離れた木の上に野生のポッサムがちょこっと乗っていた。そして彼は、その子を手でヒョイと捕まえたのだ。人間怖くないんだ~。ちょっと不思議な気分だ。街の中でも自然があり、人も環境も今まで住んでいた世界と違う場所に来てるのだな~っと改めて感じた。

 

スノーウィーマウンテン

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ノミさん、S君、ポッサム

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 さて、当初の目的に戻る事にしてみた。この街で有名な英語学校を見たのだが、やっぱり値段はお高めだった。まあシドニーよりマシだったが。このお金あったら旅の費用に使えるよな~。「せっかくオーストラリアまで来て、英語の勉強だけして帰るのはもったいない。旅をしながら勉強しよう! そして何処かで働こう! 」という事で、かなり簡単に予定が変更したのだった。やはり若いって素晴らしいー!

 

 

つづく...... 

 

 

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